ジョブ型人事導入講座3:ジョブ型人事は年功序列からリアルタイム制への転換です
- ジョブ型人事の本質は労働市場とのタイムリーな関係性構築
- 職能等級型が年功運用の代名詞になってしまった2つの理由
- ジョブ型人事が生きる4つの環境変化
- 人口減少社会では生産性の引き下げ圧力が強まる
- 新しい技術や知見を使いこなす人・組織が勝つように
ジョブ型人事の本質は労働市場とのタイムリーな関係性構築
メンバーシップ型人事の本質は年次管理と年功序列だと、前回書きました。
では、ジョブ型人事の本質はどんなものなのでしょう。
今回は採用から退職までのフレームで示したうえで、フレームを構成する要素ごとに違いを説明してゆきます。
まず全体像は以下のように描くことができます。
ここではあえて「職務等級」という単語を使わず「リアルタイム等級」としています。
前回示したメンバーシップ型人事のフレームワークで「職能等級」と書かず「年功序列等級」と書いたことと対比させています。
その理由は、実は職能等級制度のままでも、ジョブ型運用は可能だからです。
年功序列的運用を排除し、リアルタイムな運用にできれば。
そもそも職能型等級の軸となる職務能力というものは「職務に必要な能力」なので、職務に応じた能力を見極められるのなら、職務等級と同様に考えることができます。
理論的には職能等級でも職務等級と同じような運用は可能です。
けれども、2つの理由でそれは難しかったようです。
職能等級型が年功運用の代名詞になってしまった2つの理由
職能等級が年功運用になってしまった理由、人間心理の問題と、時代背景でした。
人間心理としては、目に見えない能力を評価するために、過去の実績や年功を見てしまったからです。
その人の能力を担保するには、過去に能力を発揮した実績を確認したり、あるいは一定年数を経ることで成長するだろうという推測などが用いられたりしました。
そして時代背景として、長幼の序が重視される社会風土がまだ強かったから。
職種によっては、若い人の方が年寄りも活躍できる場合があります。いや、むしろ、年寄りが活躍できる職種の方が限定されている、と考えた方がよいでしょう(だから年を取るにつれ、人は自分が成果を生み出しやすい職種に異動するか、衰えにあわせて報酬が減ることを許容しなくてはいけなくなります)。
けれども、戸主制から核家族化へ移行しつつあったとはいえ、年長者に対する礼儀が求められる風潮が強く残っていました。男性中心社会でもありました。
これらの理由から、職能等級制度は年功序列運用による等級として活用されました。
そしてそれは当時の環境にマッチしていたのです。
けれども今その環境が変わっています。
ジョブ型人事が生きる4つの環境変化
ジョブ型人事の本質は、リアルタイムな人事処遇にあります。
かつて会計制度が簿価会計から時価会計に切り替わってきたように、人事においても、時価が重要になっています。
人事についての時価算出が人的資本の情報開示ですが、その方法についてはこちらの月刊人事マネジメントに掲載したこちらの記事もご覧ください
では、どのような環境変化によって、リアルタイムな人事処遇が必要になったのでしょう。
ポイントは4つあります。
人口増減、学習サイクル、ライフスタイル、ワークスタイルの変化がそれらです。
本来はワークスタイルについての変化はもう少しゆるやかでした。けれども、ウィルスのパンデミックが一気に状況を変えて、3つの変化が4つになりました。
この中で、特に前半2つ、人口増減と学習サイクルがジョブ型人事のニーズを高めています。
人口減少社会では生産性の引き下げ圧力が強まる
GDPの成長は、実は人口ボーナスでほぼ説明できる、とする分析もあります。
とはいえ、科学技術の発展がそれを補う場合もあるので、少々乱暴な分析だなぁ、とは思うのですが。
ただ、人口が減るとともに少子高齢化が進むことは、確実にGDPの引き上げ要因になります。
社会全体の負担(オーナス)になっていきます。
人口ボーナス期には、目の前の仕事を頑張って、昨日と同じことをずっと繰り返すだけでも、経済が成長していきやすいのです。
しかし人口オーナス期には、昨日と同じことをやっていては経済が衰退していきやすくなります。
そこで、改善や新規の取り組みが求められてきます。
日本社会の失われた30年というのは、「目の前の仕事を頑張る」ことから「改善とか新規の取り組み」に仕事の内容をシフトできなかったことによる結果とも言えます。
だからこそ、生産性向上が必要であり、そのための職務責任の明確化が必要、ということになります。
このことは、経験と学習との関係性が変わっていることにもつながってゆきます。
新しい技術や知見を使いこなす人・組織が勝つように
技術の進歩がゆっくりしている時代には、過去の経験を生かすことが勝つための方法でした。
けれども近年、様々な技術や知見が更新されています。
IT技術や生命科学などの科学技術に加え、行動科学や経営学などの社会科学分野での知見も過去類を見ない勢いで発展しています。
だからこそ、過去の経験より、タイムリーな学び直しが重要になっています。
学びなおさなくても急に生産性が低くなるわけではありません。
けれども人口オーナス社会における引き下げ圧力に加え、学び直している人や組織が成長するので、相対的に負けてしまうことになるわけです。
では日本企業におけるジョブ型人事はどのように導入すべきでしょう。
次回は弊社実績をもとに、3つのパターンをご紹介します。
※当記事はセレクションアンドバリエーションの平康慶浩が不定期に連載しているものです。続きは次回更新をお待ちください。
ジョブ型人事導入講座2:職務等級制度を導入しても「ジョブ型」にならないことは多々あります
メンバーシップ型人事の本質は年次管理と年功序列
中途採用の目的が変わっているから、人事制度も変えなければいけない、という判断がしっかり社内で広まったとしましょう。
さて、ではそのとき何を変えればよいのでしょう。
中途採用のために人事制度を変える、となると、給与額の決め方を変えようとする例が多いです。
人事用語でいえば、等級制度と報酬制度のところですね。
メンバーシップ型の人事制度では、等級制度とは職能等級制度だ、と考える人が多いことでしょう。
表面的な理屈ではそれであっていますが、本質的にはちょっと違います。
その本質を理解しておかないと、ジョブ型人事に変えても、全く効果がなかった、という場合も出てきているからです。
メンバーシップ型の人事制度における等級制度の本質は、年次管理に基づく年功序列の運用です。
制度が本質ではないのです。
そもそも職能等級制度だって、職務能力に応じて等級をあてはめることができます。
ジョブ型に移行するための制度としては、職能等級のままでだって問題ないのです。
中途採用者に対して求めるものを市場水準の能力として具体化し、市場水準にあわせて報酬額を決定すればよいのです。
けれどもそれができない理由は、年次と年功序列に基づく等級運用があたりまえになっているからです。
だから、メンバーシップ型の会社の等級の仕組みを定義するなら、「年功序列等級」と言ったた方がしっくりきます。
ただ、この言い方をする人事の専門家は多くはありません。
それは多くの場合、人事制度の設計面が重視されてきたからです。
しかし今後は、設計面よりも、運用面が強調されることになるでしょう。
職務等級制度に変えたけれど年功が残ってしまった例も多い
実際にあった例ですが、職能等級制度をジョブ型の等級、すなわち、等級軸に職務記述書に基づいた職責の大きさを設定した、いわゆる職務等級制度に変更した会社で、社員の行動が全く変化しなかったことがあります。
それもそのはず。
各等級、各ポストに対して責任を明確にしたものの、そこに誰を当て込むかは、これまでと同様に「彼はそろそろ10年目だから係長ポストに」とか「彼もいい年だからそろそろ管理職に据えるべきだろう」、「課長にする順番は、先輩の彼からかな」などの年次、年功での判断で昇格させてしまっていたからです。
人事を経営の成果を出すための仕組みとして機能させるためには、制度設計部分に加えて、運用部分をしっかり変更しなくてはいけません。
そして、そこがとても難しいのです。
そもそもメンバーシップ型の会社で年功が運用の軸になってしまっている理由は何だと思いますか?
おそらく、皆さんもその理由に対してしっくりくるはずです。
それは新卒一括採用が採用の基本だから。
同期の結束が高まるとか、採用コストが安くなるとか、横並びでの競争をさせやすい、とか、新卒一括作用には多くのメリットがあります。
けれども、副作用というか、主な作用として、年次管理がしっかり根付くことになります。
数千円の昇給差にショックを受けてきた今の50代以上世代
成果主義人事制度が広がった1990年代には、評価による給与差をはっきりさせました。
同じ年次の社員同士で数千円~数万円の給与差がついたとき、とてつもないショックを受けた人がたくさんいました。
当時新卒で入社した人たちは今や50代です。ちょうどその世代で、差をつける人事に直面したのです。
そこで生じたショックは、お互い同期だと思っていた人同士の間で、処遇に差が出たことそのものに対するショックです。
理由について論理的に、成果の大きさとか能力発揮度合を示されたところで「差をつけられた」ということのショックの方が勝っていました。
これがもし中途採用同志だったら、そんなことにはならなかったでしょう。
新卒採用から始まる年次管理、年功序列はそのまま定年退職まで続きます。
メンバーシップ型の会社で成立していたこのフレームは、目に見えづらい能力評価によって年功序列を肯定します。その上で、個々人に立てさせた目標の達成度を評価することで自発性を促してゆきます。
ただ、報酬への反映は、差をつけるとはいえ、せいぜい昇給額と賞与に差をつける程度でした。そうすることで、たとえば高い評価を得た5年目の社員が10年目の普通の社員の給与を超えることがないようにしたのです。
教育におけるOJTとは、先輩からの指導です。ここでも年次管理、年功序列を補完する仕組みとして機能しました。
やがて来る定年の日まで、敷かれたレールの上で、家族的な仲間として、メンバーシップ型の組織は機能してきたのです。
ではジョブ型人事とはどういうものなのでしょう?
単純に、職務記述書に基づき職務等級制度を導入すればよい、ということでないとすれば?
それは運用面を含めた、組織風土の改革を伴う必要があります。
平康慶浩(ひらやすよしひろ)
※当記事はセレクションアンドバリエーションの平康慶浩が不定期に連載しているものです。続きは次回更新をお待ちください。
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