あしたの人事の話をしよう

セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役 兼 グロービス経営大学院HRM担当准教授の平康慶浩(ひらやすよしひろ)のブログです。これからの人事の仕組みについて提言したり、人事の仕組みを作る立場から見た、仕組みの乗りこなし方を書いています。

まじめな話と、雑感(よしなしごと)とがまじっているので、 カテゴリー別に読んでいただいた方が良いかもしれません。 検索エンジンから来られた方で、目当ての記事が見当たらない場合 左下の検索窓をご活用ください。

ジョブ型人事導入講座2:職務等級制度を導入しても「ジョブ型」にならないことは多々あります

 

メンバーシップ型人事の本質は年次管理と年功序列

中途採用の目的が変わっているから、人事制度も変えなければいけない、という判断がしっかり社内で広まったとしましょう。

 

さて、ではそのとき何を変えればよいのでしょう。

中途採用のために人事制度を変える、となると、給与額の決め方を変えようとする例が多いです。

人事用語でいえば、等級制度と報酬制度のところですね。

 

メンバーシップ型の人事制度では、等級制度とは職能等級制度だ、と考える人が多いことでしょう。

表面的な理屈ではそれであっていますが、本質的にはちょっと違います。

その本質を理解しておかないと、ジョブ型人事に変えても、全く効果がなかった、という場合も出てきているからです。

 

メンバーシップ型の人事制度における等級制度の本質は、年次管理に基づく年功序列の運用です。

制度が本質ではないのです。

そもそも職能等級制度だって、職務能力に応じて等級をあてはめることができます。

ジョブ型に移行するための制度としては、職能等級のままでだって問題ないのです。

中途採用者に対して求めるものを市場水準の能力として具体化し、市場水準にあわせて報酬額を決定すればよいのです。

けれどもそれができない理由は、年次と年功序列に基づく等級運用があたりまえになっているからです。

 

だから、メンバーシップ型の会社の等級の仕組みを定義するなら、「年功序列等級」と言ったた方がしっくりきます。

 

ただ、この言い方をする人事の専門家は多くはありません。

それは多くの場合、人事制度の設計面が重視されてきたからです。

しかし今後は、設計面よりも、運用面が強調されることになるでしょう。

 

 

職務等級制度に変えたけれど年功が残ってしまった例も多い

実際にあった例ですが、職能等級制度をジョブ型の等級、すなわち、等級軸に職務記述書に基づいた職責の大きさを設定した、いわゆる職務等級制度に変更した会社で、社員の行動が全く変化しなかったことがあります。

それもそのはず。

各等級、各ポストに対して責任を明確にしたものの、そこに誰を当て込むかは、これまでと同様に「彼はそろそろ10年目だから係長ポストに」とか「彼もいい年だからそろそろ管理職に据えるべきだろう」、「課長にする順番は、先輩の彼からかな」などの年次、年功での判断で昇格させてしまっていたからです。

 

人事を経営の成果を出すための仕組みとして機能させるためには、制度設計部分に加えて、運用部分をしっかり変更しなくてはいけません。

そして、そこがとても難しいのです。

 

そもそもメンバーシップ型の会社で年功が運用の軸になってしまっている理由は何だと思いますか?

おそらく、皆さんもその理由に対してしっくりくるはずです。

 

それは新卒一括採用が採用の基本だから。

 

同期の結束が高まるとか、採用コストが安くなるとか、横並びでの競争をさせやすい、とか、新卒一括作用には多くのメリットがあります。

けれども、副作用というか、主な作用として、年次管理がしっかり根付くことになります。

 

数千円の昇給差にショックを受けてきた今の50代以上世代

成果主義人事制度が広がった1990年代には、評価による給与差をはっきりさせました。

同じ年次の社員同士で数千円~数万円の給与差がついたとき、とてつもないショックを受けた人がたくさんいました。

当時新卒で入社した人たちは今や50代です。ちょうどその世代で、差をつける人事に直面したのです。

そこで生じたショックは、お互い同期だと思っていた人同士の間で、処遇に差が出たことそのものに対するショックです。

理由について論理的に、成果の大きさとか能力発揮度合を示されたところで「差をつけられた」ということのショックの方が勝っていました。

これがもし中途採用同志だったら、そんなことにはならなかったでしょう。

 

新卒採用から始まる年次管理、年功序列はそのまま定年退職まで続きます。

メンバーシップ型の会社で成立していたこのフレームは、目に見えづらい能力評価によって年功序列を肯定します。その上で、個々人に立てさせた目標の達成度を評価することで自発性を促してゆきます。

 

ただ、報酬への反映は、差をつけるとはいえ、せいぜい昇給額と賞与に差をつける程度でした。そうすることで、たとえば高い評価を得た5年目の社員が10年目の普通の社員の給与を超えることがないようにしたのです。

教育におけるOJTとは、先輩からの指導です。ここでも年次管理、年功序列を補完する仕組みとして機能しました。

やがて来る定年の日まで、敷かれたレールの上で、家族的な仲間として、メンバーシップ型の組織は機能してきたのです。

メンバーシップ型の人事フレームワーク

メンバーシップ型の人事フレームワーク

 

ではジョブ型人事とはどういうものなのでしょう?

単純に、職務記述書に基づき職務等級制度を導入すればよい、ということでないとすれば?

 

それは運用面を含めた、組織風土の改革を伴う必要があります。

 

 

平康慶浩(ひらやすよしひろ)

 

※当記事はセレクションアンドバリエーションの平康慶浩が不定期に連載しているものです。続きは次回更新をお待ちください。

 

 

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タレントマネジメントシステムには新しい評価報酬制度が必要

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タレントマネジメントってなに?

タレントマネジメントを支援するHR-TECHシステムが普及しています。

「うちも●●●●を導入しました。これからはタレントマネジメントですね」

という声をクライアントからよく聞くようになりました。

 

タレントパレット、カオナビ、CYDAS、HRBrainなどが有名ですね。

 

ただ会社によっては、「タレマネって言いたいだけちゃうんか」と吉野家コピペ的に突っ込みたくなる場合もあります。

そこでふわふわしたタレントマネジメントをしっかり根付かせるためのポイントを書いてみようと思いました。

今回は、評価報酬制度との関係です。

時々追記して修正していきます。

 

  

タレントマネジメントという言葉自体は30年くらい前から登場していますが、考え方としては昔から言われているように、優秀な人を見つけて育てて活躍して成果を出してもらう一連の意思決定のことがタレントマネジメントです。

 

図にするとこんな感じ。

タレントマネジメントの目的は、成果を出してもらうことです。

 

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図1:タレントマネジメントの構成要素

 タレントマネジメントシステムは可視化を助けてくれる

 

タレントマネジメントシステムを標榜するHR-TECHシステムはこの要素の中の「可視化」に効いてきます。

社員が多くなってくると、どこにどんな人がいるのかがわからなくなるからです。

だから過去の成果やそれに伴う評価結果などをデータベース化して、タレントと言える人のスクリーニングをできるようにしています。

 

抽出条件設定は自分でしなければいけませんが、最近のシステムはそこからもう一歩進んで、成果を出す人の特徴を抽出できるような支援をしている場合もあります。

AI活用、と言われる部分ですが、機械学習の段階にまで到達できているシステムはあまりないようです。そもそも機械学習のためには各種行動や評価などと成果を紐付けた教師データが必要なので、その仮置きをしなければいけません。

しかし定量的な成果データに置き換えられている人事制度はあまりありません。

そのため、タレント抽出の前提として重回帰分析や因子分析、クラスター分析などで、教師データとなるタレント仮説を設定する必要があります。

そこまでやってくれるシステムがあるとすごいんですが、私の知っている限りではまだ存在していないようです。

その作業自体はシンプルな多変量解析なので、正規化したデータをcsvで吐き出して統計ツールでゴリゴリ分析できる人なら、それほど時間をかけずに作業ができます。

問題はそこまでできる人なら、その先のタレント仮説の設定まで自分でできてしまうので、システムに頼らなくても大丈夫、ということになってしまいます。

 

まあ、こういった状態は技術の発展段階につきものなので、あと5年くらいのうちにはそこまでやってくれるタレントマネジメントシステムが登場する気もしています。

以前相談を受けた汐留あたりのHR-TECH系某ベンチャーでは、指標を選びさえすれば、データの正規化と解析のところはやってくれる段階まできていたので、上記のロジックがわかっている人事データ分析のプロが参画すれば、割と早めに到達できるかもしれません。

 

可視化の準備がなかなか大変

実務的にタレントマネジメントシステムを活用するための最初のハードルは、データそのものの問題です。

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図2:タレントマネジメントのためのデータ履歴管理

人材を可視化するためには、採用時点や育成時点、活躍時点のそれぞれでどんなことをしたのか、どんな結果を出したのか、ということがわからなければいけません。

例えば採用時点でいえば、履歴書や職務経歴書に書かれているようなデータです。

育成時点は、学んだことそのものや、研修の際の評価などです。

活躍時点は、生み出した成果がメインですが、どんな人と一緒に働いていたのか、それらの人にどう思われていたのか、なども重要な要素として考えられます。

 

第一の問題は、これらのデータをきっちり保管している会社がほとんどない、ということです。

あったとしてもサイズの違う紙媒体で、一つ一つ手作業で入力しなければいけません。

だから多くの会社では、タレントマネジメントシステムを導入した時点からデータの入力を始めています。

経営層としては、それなりの金額を払っているのに「いつになったらタレントが可視化されて、抜擢ができるようになるんだ」と怒りそうなものですが、データが入っていないシステムに質問をしても答えてくれるわけではありません。

 

第二の問題は、それらがそろったとして、分析できる状態にするための手間がとても大きいということです。また、そもそもどんな風にすれば分析できるようになるのかもわからなかったりします。

本質的にはこちらの方が大きな問題でして、システム担当ではなく、統計処理がわかっている人をプロジェクトに入れないとなにをどうすればよいかもわかりません。可能なら、実務として定性データをもとにした統計処理で修羅場を見た人なんかがいいんですが、それこそそういった経歴が可視化されていないので、どこにいるかすらわからないことが大半です。

 

第二の問題をもう少し具体的に言うと、たとえば学歴をどう分析対象とするか、という問題などです。

学士、修士、博士、といった区分でよいのか、入学偏差値で区分するべきか、研究力についての大学ランキングで区分すべきか、などなど。

そんなことを検討していると、そもそも自社の社員たちを学歴で分類してみて、活躍している人材の特徴を分析して定義すべきではないか、というような卵と鶏どっちが先やねん的意見が出てきたりします。

結果として、分析のためにとにかくデータを正規化してりゃいい、ということで、学歴フラグ:四年制大卒未満=1、四年制大卒=2、修士卒=3、博士卒=4、ということにして、別途大学ランク区分を入れることを検討したりします。ちなみに大学ランク区分を本当に管理し始めたら、ものすごくバッシングされそうで怖いですね。内定辞退率データを売った会社への行政指導なんかを思い出します。

 

で、ここまでやっている会社がどれくらいあるか、それほど多くはなさそうです。

まあ私も、知っていても言うわけにはいかなかったりしますが。

 

 

タレントは配置して初めて活躍できる

さて、タレントマネジメントの目的は活躍して成果を出してもらうことなんですが、せっかくタレントを可視化したとしても、その先の準備をしていない会社が多いようです。

図1をあらためて見ていただくとわかりますが、人材を可視化した後は、その人を適切な部署に配置しなければいけません。

たとえば潜在的なマネジメント力が高い可能性がある若手営業社員を見つけたとして、そのまま営業をさせていたのでは、活躍できないからです。

で、何をすべきかというと、ちゃんとした権限を与えて、ストレッチした責任を負わせなければいけないのです。

 

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図3:人材配置におけるポイント

 

人という生き物は、責任が軽すぎると怠けだすし、重すぎると過度のストレスに感じたりします。

また押し付けられただけの責任だと、自分事にはしません。

自分事にさせるためには、評価・報酬との紐付けが必要です。

その上で、特に抜擢された人は周囲の妬みや嫉妬を買うことになるので、失敗したとしても許容される前提を用意しなければいけません。

 

先ほどの若手営業社員の例でいえば、抜擢して課長に登用し課長としての給与を支払う一方、結果にコミットするモチベーションを求め、チャレンジさせなければいけないわけです。

 

 

今の評価・報酬制度はタレントマネジメントに耐えられるか

 

優秀人材の抜擢とか、埋もれた人材の発掘、とかいうとき、忘れられているのが、評価と報酬の問題です。

抜擢されるような埋もれた人材というのは、たいてい冷や飯を食っています。

良くても普通程度の評価しか受けていなくて、会社の中でも標準的な報酬を受け取るにとどまっています。

 

そういった人に新しい役割を与えサポートするとき、

 

「でも給与はそのままね」

「失敗したら君の責任ね」

「仮に成功したらS評価をつけるから頑張って(B評価に比べて昇給額が1万円多くて、賞与が30万円多い程度)」

 

ということを一緒に告げたとしたら、モチベーションを高めてくれるでしょうか。

 

しかし多くの会社の人事制度は、昇給や昇格に緩やかな階段しか設けていません。

その背景には、新卒採用から退職まで(時に退職後まで)続く年次管理と、中途採用者よりも新卒者を優遇する年功管理があります。

 

年次管理や年功管理が当たり前の組織では、仮に高い能力を期待されたり、成果を出したりしても、その階段を少し早く上るようになるだけです。

それは給与でせいぜい数万円の違いであり、賞与も多くても200万円までの違いでしょう。

 

それではせっかく発掘したタレントが活躍できません。

 

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図4:年功・年次管理から脱却

 

可視化の先の活躍のためのフェアな評価と報酬

 

では年次や年功管理が当たり前の会社は、どう変わればよいのでしょう。

 

最近増えつつある成功例ではいわゆる「ジョブ型雇用」の考えを取り入れています。

 

ジョブ型雇用というと、新卒一括採用からの脱却だとか、そもそも日本の労働市場が変化しない限り難しいという意見もあります。

ただ、大事なことは、年次・年功管理では優秀な人材の早期活躍を実現しづらいので、代替されるような人事インフラを志向することです。

だから全般的な雇用形態変更などではなく、まずはポスト管理的な発想の導入からでもかまいません。

これまで年次・年功で管理してきていた会社にいきなりジョブ型雇用といってもあぶれる人がたくさん出てしまうので、それぞれに期待する職務をはっきりさせることから初める会社も多いのです。

 

大事なことは会社の中に「これからは責任に応じた処遇に変わる」という意識を広めることです。

 

そうすることで、抜擢した成功者に対して、妬みではなく羨望が生まれます。

特に若い人たちの間に「自分も活躍したい」という思いが芽生え始めることになるのです。

また、高齢層においても、遅咲きや逆転出世を目指す人が出てきてもおかしくありません。

チャレンジングな社風、ストレッチする社風は、責任に応じた処遇によって生まれやすくなります。

 

 

タレントマネジメントシステムを導入された会社の皆さんは、責任・権限の与え方とともに、ぜひ評価・報酬制度のあり方についても考えてみてください。

 

 

平康慶浩(ひらやすよしひろ)

 

平康が経営している人事コンサルティングファーム、セレクションアンドバリエーションのホームページはこちら。

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