あしたの人事の話をしよう

人事コンサルタント 平康慶浩(ひらやすよしひろ)のブログです。これからの人事の仕組みについて提言したり、人事の仕組みを作る立場から見た、仕組みの乗りこなし方を書いています。

まじめな話と、雑感(よしなしごと)とがまじっているので、 カテゴリー別に読んでいただいた方が良いかもしれません。 検索エンジンから来られた方で、目当ての記事が見当たらない場合 左下の検索窓をご活用ください。

人を活かす人材マネジメントとビジネスモデル(1)

先日、東洋経済新報社でご担当いただいている編集の方にはお話したのですが。
かれこれ15年くらい、ずっと頭の中にわだかまっている疑問があるのです。

「能力が低いことは、罪ですか」

というものです。
別に私の話ではなくて。
人事制度の話です。
その疑問に対して、やっと『答』のようなものを考えつくに至ったので書いてみます。


能力や成果や役割など、評価の結果にあわせて、お給料が変動する仕組みを山ほど作ってきました。
私が作ったそんな制度の結果、大きく伸びた企業もたくさんあります。
人材がビジネスモデルの根幹を成すとある企業では、5年で、50億円から300億円まで売上を伸ばしました。
上場企業では株価を2年で倍に伸ばした例もあります。

コストとしての人件費を最適化し、それをコントロールできるようにすることは、企業の収益性に大きく貢献します。
また、そうして生まれた余剰のキャッシュフローが投資を促進します。

でも、そんな仕組みを作りながら、ずっともやもやしていたのです。
評価が低いと給与があまり増えません。
はっきりと差をつける場合には、給与が下がることもあります。

上がる場合にはいいのです。
給与が下がった場合でも、それで発奮してくれる人ならいいのです。

でも、そうでない人たちがいます。
給与が下がって落ち込む人。
給与が下がり続けて、給与の天井の全く逆の『給与の底』に貼り付いてしまった人。
彼らはそのまま年を取り続けても、結婚できるような年収に到達できなかったり、そうでなくとも十分な生活ができない可能性も出てきます。

「仕事できないんだから、仕方ないじゃん」
「会社は慈善事業じゃないんだから」

そういって、私の疑問を笑い飛ばすコンサルタントや経営者もいました。

勘違いはしないでいただきたいのですが、私の心の99%はそんな言葉に賛同しています。
個人ではなく、企業を伸ばすお手伝いをしているのですから。
自分から積極的に、人件費をコストコントロールすべきだ、と多くの企業に訴えてきましたし、それに反対する労働組合や古き良きタイプの経営者の方との論争も厭いませんでした。
それは今もなお変わりません。
企業が存続しなければ、従業員も不幸になると確信しているからです。

でも残りの1%がたまに心に沸き起こる。
それは、こんな極論です。

会社に貢献できない人の給与は下げても仕方ない。
給与が下がると、生活が難しくなる。
では、極論すれば、働くことができない人は生活できなくてもいい、ということになるのじゃないか。
能力が低い人は、生きる価値がない、と断じているのじゃないか。
それは、まるで能力の低さを、罪だと断じているのではないか。

「そこから先は福祉の問題だ」

そう言われたこともあります。
でもそれでは疑問が解消されませんでした。

例えば障がいをもって生まれてこられた方がいます。
そういう方々は福祉まかせでいいのか。

でも、そんな疑問を解決できそうな答えを、さっきやっと思いつきました。

次回それを書いてみたいと思います。

 

 

平康慶浩(ひらやすよしひろ)