あしたの人事の話をしよう

セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役 兼 グロービス経営大学院HRM担当准教授の平康慶浩(ひらやすよしひろ)のブログです。これからの人事の仕組みについて提言したり、人事の仕組みを作る立場から見た、仕組みの乗りこなし方を書いています。

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自分の本のボツ原稿をぼちぼち掲載してみます(4) 転職が年収を減らす現実(2)

良い条件で転職したはずなのに、実際に年収が減少してしまう理由は3つあります。
特にこれは転職初年度から2年目に起きがちになります。
実際、私も外資系から日系企業に転職した際に、こんな状態になりました。

ちなみに外資系から外資系に転職した際にはこんなことは起きなかったので、日系企業の不思議さを実感したものです。

キーワードは「生活給」「賞与決定基準」「賞与算定期間」です。

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転職が年収を減らす現実(後編)

第一の理由は生活給としての残業代を認めなくなったということだ。

 生活給、というとあまり聞きなれない言葉かもしれない。しかし言葉のニュアンスからなんとなく想像がつくのではないだろうか。
 生活給とは、生活をするために必要な給与のことだ。本来的にはそれが支給されなければ、生活水準を下げざるを得ない場合の給与をあらわす。
 通常生活給は基本給で構成されるが、基本給が低い場合に残業代が生活給に「結果として」含まれる場合がある。例えば賞与がカットされてローンが支払えなくなる。あるいは子供の教育費用がかさんで月給だけでは生活が難しい、と言った場合に、残業を増やして手取りを増やす場合だ。
 バブル前の時代、多くの企業では従業員に残業をしてほしいと考えていた。
 なぜなら仕事が潤沢にあったからだ。
 明日するよりも今日、その仕事をしてもらえたらその分出荷が早くなったり、製品開発が進んだりする。だから組合は、残業をさせようとする企業から従業員を守るために、三六協定などの労働協定を結んだ。だから、従業員が手取りを増やすために残業時間を増やすことは企業側からすれば大歓迎だった
 しかし今、そんな企業がないことは君たちもすぐにわかることだろう。
 もちろん残業をしてほしい場合もある。しかし残業した分だけ売上が増えるようなことはない。すると予定外の残業で人件費がかさめばその分利益が減少する。利益が減少すれば上場企業なら株価が下がる恐怖がある。非上場企業でも銀行への返済キャッシュが減ることが怖い。ならば残業時間を制限して、決まった時間内に仕事を徹底させる方がよっぽどましだ。だから潤沢な残業は新卒採用したて従業員には許されても、中堅以上が残業しようとしていい顔をする企業はない。

 

第二の理由は賞与の決定方式が変わったということだ。

 超大手のように強い組合を擁する企業であっても、以前のように年間六カ月とか八カ月といった賞与水準を事前に定めることは減っている。それよりも半期ごとの業績水準にあわせて賞与を変動させることが一般的になっている
 例えば九月末の半期決算で思ったよりも利益が出ていなければ、その冬の賞与は削られる。
 そして残念ながら、半期決算が良かったからといって冬季賞与を増やす企業は極めて少ない。年度決算が出なければ不安だからだ。
 そして年度決算が良かったといって、夏季賞与を増やす企業も少ない。なぜなら決算年度が違うので、夏季賞与を増やせば翌年の利益を圧迫することになるからだ。

 結果として賞与は増える場合よりも減る場合の方が多くなった。一定の利益額を確保するために、期中に業績の悪い時期があればすぐに賞与で帳尻があわされる。

 


第三の理由は、日本の賞与支給条件についての慣習だ。

 山田くんの例で言えば二〇〇四年の冬季賞与が支給されていないことがその例となる。
 元来日本企業における賞与はもち代として始まったと言われている。つまり盆暮れに物入りになるので、賞与とはそれに応えるために企業側が支給して「あげる」ものなのだ(註)。企業という共同体の中で家族的に過ごしているからこそ、そのような考え方ができる。しかし転職してきたばかりの人はいつまたなんどきやめるかもわからない。だからまだ共同体の家族ではない。だから最初の賞与は支給されないか寸志に留まる、という発想だ。
 この発想に理屈を適用した場合もある。賞与算定期間という制度がそれにあたる。例えば四月から九月まで在籍している人には十二月に賞与を支給する。同じく十月から三月まで在籍しいている人には七月に賞与を支給する、というものだ。
 しかし日系企業では不思議なことに、六月末で退職する人に、七月まで在籍していれば支払われるはずの夏季賞与が支給されることはほとんどない
 山田くんの例で、最後のC商事については年俸制であることから夏季賞与が支給されているが、日本企業においてはこれは極めて例外的なことだといえる。

 なぜこのようになったかといえば、経営層が法律を理解したことによる
 簡単に言えば「賞与は払わなくてもよい」という法律上の定義を多くの経営者が知ったということでもある。
 日本の労働基準法は不思議なもので、雇用契約で賞与額を仮に定めていても、就業規則上に賞与の変動可能性を記載していれば、賞与を減らしたり払わないことを許容する。簡単に人を解雇できないようにして、月給についてもなかなか減らせないようにしておきながら、賞与は簡単に削れるようにしている。実はこの労働基準法のあり方が給与に天井を設けてしまっている遠因でもある。

 ちなみに日本の労働基準法が制定されたのがいつかご存知だろうか。

 昭和二二年。第二次世界大戦終了の二年後である。そして労働基準法の本質はその頃から変化していない。つまり、工場労働者や炭鉱労働者などのブルーワーカーが当たり前だった時代の法律が、ホワイトカラー主体の今も基準となっているのだ。


註)上記では、日本の賞与制度は、暮正月のもち代の延長と言う説を記したが、歴史的には大正時代の労働争議によって生まれたという説の方が有力である点に注意。それまでは社内のエリート層に支給されていた利益配分が賞与だったが、労働争議の結果として、工員などにも賞与が支給されるようになった。やがて戦前戦後の集団主義を経て、高度成長期に「生活給」として賞与が定着したと考えられる。

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要は、賞与と残業代がバッファーになって年収を調整していると言う話を書いたわけです。
このあたりの考え方も転職前にチェックできればいいのですが、そこまでの情報を公開している企業はとても少ないです。
また、上記に記したようにいずれも調整可能なバッファーであり、かつ事前の約束を守る義務が会社側にないので、どちらにしてもリスクは発生します。


次回ボツ原稿ですが、サービス業での処世術を書いたものをアップしてみます。
タイトルがマイナスに見えたので削除したものです。

君が給与を増やすためにはお客様のために頑張ってはいけない

というものです。
詳細は次回。
まあ、しばらく間はあくと思いますが。

 

 

うっかり一生年収300万円の会社に入ってしまった君へ

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平康慶浩(ひらやすよしひろ)