あしたの人事の話をしよう

セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役 兼 グロービス経営大学院HRM担当准教授の平康慶浩(ひらやすよしひろ)のブログです。これからの人事の仕組みについて提言したり、人事の仕組みを作る立場から見た、仕組みの乗りこなし方を書いています。

まじめな話と、雑感(よしなしごと)とがまじっているので、 カテゴリー別に読んでいただいた方が良いかもしれません。 検索エンジンから来られた方で、目当ての記事が見当たらない場合 左下の検索窓をご活用ください。

あなたが入ったその飲食店は良い店なのかぼったくりなのか(3)

次のタイプを説明してみましょう。

タイプ3:食材にお金をかけているけれど人件費をけちっている飲食店 【 FD:35%~40% L:20%~25% 】

実はこの「飲食店」シリーズのポイントはここにあります。
結論を先に言うと、「FDとかLとかの財務数値だけではその店を判断できない」ということです。

このタイプのお店ですが、カテゴリーを分けると三つです。

第一のカテゴリーは、高級店です。
このカテゴリーに属する店は「ブランド志向」あるいは「利益志向」です。
例えば客単価1万円と言うようなお店では、食材にかける原価が大きくなりがちです。
もしあなたが1万円のメニューを頼んだのなら、その材料原価は3500円~4000円はします。
また、このカテゴリーでは、他のタイプのように飲み物で利益をとりづらい。
典型的なモノはワインで、これは通常30%前後の原価率となります。
かろうじて、ビールやカクテル類で利益を取るという、普通の飲食店とは異なる利益構造になります。

このカテゴリーで、なぜ人件費をけちっている、とみられるのか。
それは客単価が高いため、少し人件費をあげても、人件費率は低くなるからです。
より本質的には、高級店であっても大衆店であっても、飲食業で働く人の給与は大きく変わらないからです。
だから必然的に、L率は低くなります。

高級料理店と言うカテゴリーで働く人たちは、実は自腹では自分が働いている店の食事を頼むことができない、という矛盾した生活を送ることになるのです。

では、彼らはなぜそんな店で働くのでしょうか。
そのあたりが、「FDとかLとかの財務数値だけではその店を判断できない」ということにもつながります。
謎解きは後ほど。

第二のカテゴリーは、上場しているような大手チェーンです。
有名なワタミなどもこのタイプに属します。
IR資料を見ればある程度わかりますが、人件費率が低めなのに対して、原価率は低くありません。
このカテゴリーに属する店は「顧客志向」です。

こういう店の経営層は以下のように考えます。

① お客さんに選んでもらわなければいけない。
   ↓
② 食材のトレーサビリティや安全衛生管理に気を使おう。
  もちろん、出来るだけ旬の食材を使って、売れているメニューをアピールしよう。
   ↓
③ でも利益を出さなければ次の店を出せない。出来る限りにコストをカットしよう。
  食材は大量発注して単価を下げよう。ロスは極力出ないようにしよう。
   ↓
④ 人件費も削りたい。だからマニュアル化を徹底して、雇ったばかりの人でもすぐに働けるようにしよう。
  そうすれば人がやめてもすぐに補充できる。だから「昇給はあまりさせなくてもいいだろう」。

お客様のために考えられたビジネスモデルがこのカテゴリーの本質です。


第三のカテゴリーは、こだわりの個人店です。
食べログで高い点数をとっている、個人経営の小さい店はここに属することが多いようです。
このタイプの店は、家族経営をしていることがあります。その場合にはさらに強化される傾向があります。
それは「商品重視」です。
「うちはよそよりいいものを出しているから」
「うちの料理を食べたら、他では食べられないよ」
というような言葉に集約されます。
だから、味を求めているけれども、料理の提供時間は遅くても我慢してくれる。愛想がわるくても気にしない。
そんな顧客に気に入られます。

このタイプの店では、人件費を嫌います。
雇用している従業員に対しても、「本来なら払わなくて良いお金を払っている」という発想になりがちです。
あなたがこのカテゴリーに属する店を、「良い店」と思えるか「ぼったくり」と思ってしまうかは、ひとえに相性になってしまいます



さて、最初に書いたように、FDとLの割合が似ているのに、全く異なる3つのカテゴリーの店舗がある、ということを示してきました。
これは言い換えると、利益構造が同じであっても、経営者の意思によって、顧客が受けるサービスはまったく異なるということを表しています。

もちろんあなたは、高級店と全国チェーン居酒屋と有名個人店を同列に扱うと言うこと自体に矛盾を感じることでしょう。
しかし、これらの店は、お客様以外の、取引相手や従業員から見た場合に全く同じ構造を持っているのです。

取引相手から見れば、うるさい顧客です。
品質を徹底して求められるとともに、値段は常に叩かれるからです。

従業員から見た場合、いずれの店舗も働きにくい。
給与はなかなか増えないわりに、効率性やサービスレベルの高さは求められるからです。

ただし、高級店タイプの多くや、チェーン店タイプの一部にそれを補える仕組みがあります。
それは、個人としてのキャリアを高めてくれる仕組みです。
例えば、ジョエル・ロブションのキッチンで働いていた、と言う経験はシェフを目指す人にとっては無給であっても得たいものかもしれません。
マクドナルドではステップアップするキャリアがあり、そこで得た経験は、他のチェーン展開企業(飲食に限らない)で高く評価されます。
そういう飲食店では、このタイプのいずれのカテゴリーに属している店舗であったとしても、従業員が生き生きと働いています。

L、つまり人件費率が低い店舗でもあなたが顧客として良いサービスをうけるためには、次のような点に気を付けてみましょう。

その店が高級店や、こだわりの個人経営店なら、
その店から独立したりのれんわけしたことをアピール「できている」他の店が複数存在するかどうか
(※喧嘩別れ等の理由により、出身店を公表できないシェフも意外と多いのです)

大手チェーンはちょっとわかりにくいのですが、上位役職経験者が、ステップアップする転職が出来ているかどうかを見ればわかります。
例えばエリアマネジャーだった人が他社の取締役になっていたり、売れっ子セミナー講師になっていたりするチェーンは、従業員が生き生きと働けている証拠かもしれません。

 

 

 

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平康慶浩(ひらやすよしひろ)