あしたの人事の話をしよう

セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役 兼 グロービス経営大学院HRM担当准教授の平康慶浩(ひらやすよしひろ)のブログです。これからの人事の仕組みについて提言したり、人事の仕組みを作る立場から見た、仕組みの乗りこなし方を書いています。

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「最低限」の生活に必要な給与額はいくら?

今日の記事は、「給与の天井」を「給与の底」に変えるにはどうすればいいか、と言うお話です。

「うっかり一生年収300万円の会社に入ってしまった君へ」(東洋経済新報社
で、「給与の天井」という言葉を定義させていただきました。

今ググってみましたが、「給与の天井」と言う単語。私以外に使っていなさそうなので、平康慶浩発、でいいんでしょうか。

で、5月28日の

従業員年収を維持するために必要な売上高をパナソニックについて計算してみた - あしたの人事の話をしよう

 でもグラフを載せましたが、年功序列の時代には制度上の給与の天井はありませんでした。

ただ、年齢相応の給与=それぞれの年齢で必要な給与額は支払う、と言う発想がありました。
そしてその発想は今も残っています。

新卒はとりあえず横並びの給与(だいたい20万円前後)
30歳くらいで結婚するから、年収400~500万円くらいにまでひきあげる
子どもが生まれて成長するにしたがって支出が増えるので、それに応じて給与も増やす

と言う発想です。
月給は年齢万円もらえていれば御の字だ、ということも良く言われていますね。

これに対して給与の天井というのは、仕事をしながら稼げる金額(売上と言うよりは粗利益)に応じて給与を決定するような考え方です。
だから同じ仕事をしていると、どこかで限界が来てしまう。
昔もその考え方がなかったわけではありません。付加価値や労働分配率を追っかけた分析なども多々ありますし。
ただ、景気が右肩上がりだったので、付加価値もどんどん増えました。労働分配率が一定であっても、付加価値が増えれば給与は増やせたわけです。

さて、給与の天井に対して、最低限の給与はいくらであるべきか、と言うことを考えてみました。
新卒一括採用だと20万円前後に思われたりしますよね。
また、最低賃金から割り出す考え方も増えています。
一番安い島根県高知県最低賃金652円×8時間×22日=114,752円。
一番高い東京で、850円×8時間×22日=149,600円、ということになります。
実際に中小企業の女性事務員の給与はこの水準に留められることも多い。
また、現実問題として正社員であっても最低賃金以下の給与水準の会社もあったりします。

そこで最新の労働組合側視点での「最低限」の給与水準データを調べてみました。

 

最低生計費調査とナショナルミニマム―健康で文化的な生活保障 (労働総研ブックレット)

最低生計費調査とナショナルミニマム―健康で文化的な生活保障 (労働総研ブックレット)

  • 作者: 金澤誠一,労働運動総合研究所
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こちらの本によれば、2000年時点よりも必要な最低生計費水準は、20%から25%下がっています。
例えば25歳の単身の場合、年収税込280万円が最低必要。
40歳子供二人だと最低限676万円必要、という計算結果です。
25歳の場合だと月給ベースで23万円とちょっと。賞与があるのなら20万円前後ですね。
一人で暮らすのなら、年収300万円未満でもなんとか暮らせる、という計算結果ということでした。

興味深い分析がありました。

シングルマザー(30歳女性と9歳の娘)が暮らすために必要な「最低限」の月収。
いくらだと思います?

この本によれば税込35万円です。

この本では「最低限」の定義についての議論が主なものになっています。
一言に要約してしまえば、この本で言っている最低限の生活とは

「恥ずかしくない生活」

です。
なんとか生きていける生活が最低限ではない、という考え方です。

現在の社会では、多くの人は労働によって糧を得ます。
家族間や地域間での相互扶助が失われた結果、労働に頼る割合はさらに増えていきます。

その糧=給与がこれだけないと「恥ずかしくない生活」ができない。

その「これだけ」の基準は、子どもがいる前提に立つと月給ベースで35万円が必要ということになります。
年収ベースで420万円(税込)。

仮にもう少し差っ引いたとしても、年収で350万円(税込)が必要ということでしょう。

8時間労働で残業が無く、有給休暇もあって、かつ個人の能力の大きく左右されない働き方ができる。
それで年収350万円の生活をできるような仕組みが必要と言うことだと思います。

こんな会社ないよ、と思われる方もいらっしゃるでしょうか。
実はあったりします。私自身が設計もしましたし、それできっちりと機能しています。

人事の仕組みで言えば、新卒から28~30歳までの賃金カーブを急上昇させて月給30万円水準にする。
ビジネスモデル自体は、30万円×もろもろの諸経費相当として1.6倍=48万円の人件費がかかっても利益ができるものを作り上げる。
さらに上位階層としての付加価値増大できる役割を設定し、その付加価値割合に応じた昇格昇給を設定する。

そんなことがどの会社でもできれば、多くの貧困問題はクリアされることになります。

その手始めとして、国が推し進める介護事業で上記の仕組みができないもんでしょうかね。

そうすれば「給与の天井」は「給与の底」に変わるのですが。


 

平康慶浩(ひらやすよしひろ)