ワタミの分析からわかる、年収ランキングに意味がなくなってきているということ
■年収に興味がある人たち
雑誌の特集で、必ず売れるものがあるそうです。
もちろん、毎号その特集をするわけにもいかないのですが、どのビジネス誌にも年に1回は出てきます。
年収ランキング
がその一つです。
どんな思いでこの特集を読むのかなぁ、と考えます。
よくあるのは、「うらやましい」と思いながらかもしれません。
あるいは「転職するならこの業界かな」と考えるきっかけのためかもしれません。
あるいは、「うちの業界は平均よりも上だからよかった」と安心するためかも。
この年収ランキングですが、「旧い人事の仕組み」(※昔ながら日本型人事制度の仕組みのこと。たとえば年功で給与が増えたり、一生同じ会社に勤めることができる仕組み)の会社では参考になりました。
でも「新しい人事の仕組み」(※職種別に採用されたり、給与が増えなかったり、賞与の幅が大きかったり、簡単にリストラされる仕組み)の会社では、実はあまり参考になりません。
たとえば最近よく取り上げられるワタミで考えてみましょう。
なぜならワタミは「新しい人事の仕組み」の会社であろうと予想されるからです。
有価証券報告書を見てみると、
平成25年3月期の従業員数は6,157人
同期の給与は287億37百万円です。
これを割り戻すと約466万円。つまり平均年収は466万円ということです。
この466万円という数字を見て、飲食店を主体としたサービス業ならまだいいよね、と考えることもできます。
でも、社員からすると実感がわかない可能性もあります。
■平均年収の実感がわかない理由
466万円という数字は、連結での売り上げと従業員数がベースになっています。
そしてワタミの連結対象には、国内外食事業、介護事業、宅食事業が含まれます。
それぞれの事業(セグメントといいます)の売り上げと、それぞれの従業員数を引用してみましょう。
(平成25年3月期)
売上高 従業員数
国内外食事業 74,075百万円 1,562人(+アルバイト9,607人)
介護事業 33,695百万円 2,319人(+アルバイト3,883人)
宅食事業 38,846百万円 395人(+アルバイト210人)
この売上高を従業員数で割ってみましょう。
(平成25年3月期)
売上高÷正社員 売上高÷全従業員数
国内外食事業 47.4百万円/人 6.6百万円/人
介護事業 14.5百万円/人 5.4百万円/人
宅食事業 98.3百万円/人 64.2百万円/人
この数字を見るときに注意しなければいけないことがあります。
それは、アルバイトもフルタイムで働いている計算がされている、ということです。
1日4時間で週3日の人がいたら、そのアルバイトは0.3人とかで計算されているのです。
(このことは有価証券報告書にも記載されています)
さて、こうしてみると、平均466万円の給与が実感できないことがわかってきます。
だって、国内外食事業でいえば、一人あたりの平均「売上」が660万円なわけです。
その中で466万円の給与を払ってしまったら、材料費を含めて赤字になるに決まっています。
でもちゃんと利益を出している、ということは、それは466万円という平均年収が机上の数字でしかないということになります。
■アルバイトの平均給与を試算してみる
アルバイト給与は、損益計算書上では原価に入っていることが多いものです。だから平均年収466万円というのは正社員の分を示しています。
となるとアルバイトの平均年収はどれくらいでしょう。
これはあくまでも仮定での計算しかできませんが、以下のように考えることができます。
損益計算書の原価70,884百万円 から 国内外食および介護、宅食事業の原価を差し引いて粗い数字でのアルバイト人件費を算出。それをアルバイト人数で割り戻してみる。
売上高 原価
国内外食事業 74,075百万円 飲食原価30%と仮定するなら22,223百万円
介護事業 33,695百万円 ゼロと仮定
宅食事業 38,846百万円 食材原価50%と仮定するなら19,423百万円
となるとアルバイト人件費は
70,884百万円-22,223百万円-19,423百万円=29,238百万円となります。
これを15,238人のアルバイト人数で割り戻すと
アルバイト平均年収は191.8万円となります。
ちなみに国内外食の飲食原価を20%とし、宅食を33%とするならアルバイト平均年収は283.8万円にまで増えます。
つまり、現場で実際に働いている人たちの実感している年収水準は、200万円~300万円の間にある、ということになるわけです。
ワタミの求人サイトに記載されているデータと、割と整合してきますね。
■23歳 一般社員(独身・6ヶ月以上・社宅使用の場合)
【月収】242,335円
(内訳)基本給:190,000円(うち深夜手当30,000円含む)、超過勤務手当:52,335円(時間外勤務45時間)
賞与
年2回(5月、11月)。個人の評価と会社の業績に応じて支給します。年間支給平均額は、一般職で基本給の2ヶ月。
これが求人サイトのデータですが、このままだとして年収を計算すると次のようになります。
月収 242,335円×12か月=2,908,020円
賞与 160,000円×2か月=320,000円
23歳の合計年収 3,228,020円
※賞与の計算方法は多分これであっているはずです。242,335円の2か月分ではない点に注意。
さて、年収ランキングを見て、平均年収466万円と思って入った人たちはどう思うでしょう。
新卒で入って2年目としてなら、まあ330万近くもらっているので納得するかもしれませんね。
ただ、残業が45時間と深夜手当3万円分(これは時給1000円の場合120時間分!に相当します)があるので、たとえば毎日夕方5時~朝5時までの勤務をしてもこの金額ということですが。
中途採用だと賞与の遅さにがっかりするかもしれませんね。
なぜなら、賞与は入社後4か月目からの計算になるので、ワタミの場合はわかりませんが、4月入社で夏賞与なし、冬賞与は半分、ということになっているかもしれません。
これには、賞与算定期間、という理屈が背景にあります。
■年収ランキングは絵に描いた餅
ここまでに示したように、年収ランキングに意味があまりない、ということがわかってきました。
年収ランキングは平均年収をもとに計算されます。そしてこの平均年収という考え方に、意味がなくなってきているのです。
「旧い人事の仕組み」でなぜ年収ランキングに意味があったのか。
それは、終身雇用と年功序列の中で、ほとんどの社員がその平均年収に到達することができたからです。
「旧い人事の仕組み」では平均年収はまさに自分の未来の姿を示す数字でもあったわけです。
しかし「新しい人事の仕組み」では違います。
まず、「新しい人事の仕組み」では平均年収に至るルートは限られています。
昇進しなければ、年収が根本的に増えないからです。
また、職種によっては、そもそもそのルートがない場合すらあります。
そして、売り上げをあげる現場の大半の社員が、その「ルートを持たない」社員で構成されていたりします。
だから「新しい人事の仕組み」では、平均年収は絵に描いた餅になっていることが多いのです。
先ほどあげたワタミの例で、管理部門だけを取り上げた数値があります。
管理部門の人数は121人で、平均年収は591.1万円。平均年齢は37.5歳です。
もしワタミの管理部門に配属されたのなら、そこには「旧い人事の仕組み」が残っている可能性があります。だから37歳から38歳になったとき、多分平均年収くらいの給与がもらえることになるかもしれません。
もちろん、業界毎の年収差を確認するためであれば、平均年収という考え方は有効です。
このブログでも、以下の記事でそのような話を書きました。
では年収ランキングの代わりに参考にするとしたら、どんな数値が考えられるでしょうか。
■一人当たり売上高ランキングが今は一番良い
「旧い人事の仕組み」の本質は一言でいえば、人件費を含めた費用を将来につけかえる仕組みです。右肩上がりの成長がその仕組みを支えていました。
だからこそ、終身雇用、年功序列が機能したのです。
しかし「新しい人事の仕組み」では、今の売上から費用を支払います。
つけかえるための将来の成長が信じられなくなっているからです。
となると、良い会社を探す基準は、使えなくなった年収ランキングよりも良いものがあります。
それは、一人当たり売上高ランキングです。
売上高が高ければ、その中から高い費用を支払うことができます。
実際に分析してみると、一人当たり売上高が高いと、結果として平均年収も高くなることがわかっています。
これから出てくる雑誌でも、そのあたりがクローズアップされるようになるのでは?と予想しています。
平康慶浩
(ひらやすよしひろ)