あしたの人事の話をしよう

セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役 兼 グロービス経営大学院HRM担当准教授の平康慶浩(ひらやすよしひろ)のブログです。これからの人事の仕組みについて提言したり、人事の仕組みを作る立場から見た、仕組みの乗りこなし方を書いています。

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(本当は怖い)民話と人事 第2回 姥捨て山と定年制度(後編)

(本当は怖い)民話と人事 第2回 姥捨て山と定年制度(前篇)

の続きを書こう。

 

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実は定年制度とは、姥捨て山とはまったく異なる目的で作られた仕組みだ。

 

それが、姥捨ての因習を生み出した村がそうであったように、日本を取り巻く環境が、定年制度に姥捨て山のような印象を与えている

 

 

歴史的に見ると定年制度とは、恩給制度と一体のものだった。

定年とは特典だったのだ

一定年数勤続することで、恩給=年金や退職金をもらえるようになる仕組みのことだった。転職する人も多かった時代に、一定期間以上働いてもらうための報償の仕組みでもあった。最近流行りの人事用語でいえばロングタームインセンティブの一種だ。

 

そんな仕組みをすべての企業が導入できるわけもないので、大企業や官公庁を中心に導入されていった。後に中小企業にも広がったが、いまなお、定年の仕組みは大企業ほど整備され、中小企業では整備されていないこともある。

 

そもそもの定年の仕組みとはどういうものなのか。

一番基本的な定年の設計は退職金とセットだった。恩給なんだからもちろんそうだ。

定年後10年は生活できる退職金を支払う。平均寿命はそれからプラス5年程度。

おおむね65歳が寿命だった時代に定年の仕組みはつくられはじめた。

 

定年が雇用調整の機能を持ち始めた最大の理由は、実は平均寿命が伸びたことにある。

 

平均寿命が伸びたので、定年を伸ばしてほしいという要望が強くなった。そして50歳定年が55歳になり60歳になり、今や65歳が定年だ。

現在の平均寿命は83歳だから、理屈として言えば68歳が定年であってもおかしくはない。

 

また生活様式の変化も大きい。

特に団塊の世代と言われる人たちは、体も気持ちも若々しく、その分だけ娯楽を含めた生活費用がかかる。

 

家族構成の変化も重要だ。

かつては多くの老人たちが、子どもからの仕送りによって生活していた。

今では、子どもからの仕送りで生活している親よりも、逆に子どもを援助している老親が増えている。

 

では68歳まで人はばりばりと働けるのか、というとどうだろう。

人間の能力は年齢にあわせて3つの山を作ると言われている。

 

第1の山は25才が頂点になる。この山は運動能力をあらわしている。

第2の山は35才が頂点になる。この山は学習能力をあらわしている。

第3の山は45才が頂点になる。この山は経験活用能力をあらわしている。

そして50歳で引退する。それがもともとの定年制だった。

定年しても能力のある人は別の職に就くことも普通だった。

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年齢を増したとしても、給与に見合った働きぶりができていれば、会社としては手放したくない。むしろ知識や経験があるので、働いてほしい。

そう思える人であることが定年の前提にある。

定年とは、働いていてほしい年齢の平均値でもあるのだ。

 

寿命が伸びたことと、それに伴い個人の能力差が開いてきたことを踏まえ、定年は廃止すべきだという考え方も強くなりつつある。

しかしそれは、終身雇用の否定にもなる。

会社に求められる人である限り、何歳まででも雇用する、ということが定年の廃止だ。

一方で、求められない人であれば、60才や65才を待たずに辞めてもらわないといけない。

定年を廃止する企業では、終身雇用を維持する意味がなくなってしまう。

 

また、定年を廃止すると、成長する個人、結果を出せる個人、スキルのある個人を会社にひきとめるための別の方策が必要になる。早い昇格や多額の賞与だけでなく、5年や10年刻みでの引き留め策を導入する必要も出てくるだろう。それは処遇の格差が広がっていくということでもある。

 

 

人事の仕組みのこれからはどうなるのか。

法律で定められた定年は、今後70才にまで延長される可能性も高い。

そうなれば、雇用は補償されるけれども、出来る仕事にみあった分の給与しか受け取ることができなくなる。

会社と言う終身雇用の村の中にいる限り、人生の中で35歳の時が一番年収が高かった、という時代がもう目の前に来ている。

また、定年ではない形での退職勧奨が増えるだろう。

一律の年齢ではなく、能力や経験や貢献度に応じた退職を増やさなければ、会社は存続できなくなるからだ。

 

だから僕たちは、定年を意識しない働き方をしていこう

 

医学の発展、教育の発展、ノウハウの普遍化などの環境変化を十分に生かせば、能力の山の頂点年齢を後倒しにしてゆくことができる

何歳になっても成長し続けることが容易になっているのだ。

 

 

姥捨て山は小さな村の因習だった。

環境変化に立ち向かうための力がない時代の話だ。

でも僕たちの周りには知識やノウハウがふんだんに提供されている。

 

そして、因習の村から外に目を向けていこう。

 

 

 

 参考文献:東京大学大学院 佐口和郎教授の論文

     「定年制度とは何か-退職過程の制度・歴史分析」(1999年6月)

 

 

 

平康慶浩(ひらやすよしひろ)