ベーシックインカムがもたらす安定と失わせる成長と
僕は大阪に住んでいるのだけれど、クライアントの大半は大阪以外にある。特に東京。それ以外にも九州や中国地方、東北にもクライアントはいる。
だから自然と出張が毎週のあたりまえになり、四泊~五泊の出張も珍しくない。そして出張していても仕事はするので、晩御飯は遅くなる。10時過ぎとか0時すぎとかも当たり前だ。だから誰も誘えなくて、一人でどこかの店を探してもぐりこむ。
そんなとき、本が僕の相手をしてくれる。
今日はこんな本を読んだ。
ベーシック・インカム - 国家は貧困問題を解決できるか (中公新書)
- 作者: 原田泰
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2015/02/24
- メディア: 新書
- この商品を含むブログ (2件) を見る
僕は人事制度をつくる仕事をしているので、企業側のスタンスにたっている。それはつまり、自由競争を肯定する立場だ。だからこの本も正直、アンチの立場で読んでみようと思った。それは、自由競争を否定する立場の見解を知らなければ、自由競争を肯定できないからだ。
しかしこの本は示唆に富んでいた。
なるほど。ベーシックインカムもありだ、と思わせる。
詳しくは本を読んでもらえたらいいのだけれど、乱暴にまとめてしまえば、「効果の出ない公共施策の予算で、ベーシックインカムは十分まかなえる」というものだ。
そのことのメリット・デメリット(たとえば移民は制限せざるをえない、とか)も詳しく記されている。
簡単な話ではない。もちろん。
著者の原田泰氏も、一意見の提示として書かれているのだろう。
ベーシックインカムは良い結果だけを生むのではなく、現状のさまざまな問題を多少なりとも解消するきっかけになるだけだろう。そして別の問題を生じさせる。
それでも、今よりはずいぶんとましになる、とは思える。社会福祉に手が届いていない人たちを救うことができる。それらの人を救うことは、社会そのものの安定を生み、成長の原動力にもなるだろう。極端に言えば、少子化すら解消できるかもしれない。
しかしそれでも僕はベーシックインカムには反対だ。
僕は20年間、多くの人事制度をつくってきた。これからも作っていくだろう。そこで、企業の中のさまざまな人たちを見てきた。
もちろん多くのジャーナリストや有識者も、多くの企業の中の人たちを見ているだろう。しかし彼らと僕とで違う点は、僕は、企業の中のさまざまな人たちの評価やモチベーション、そして給与額も一緒に見ている、という点だ。そして、それらの人たちを雇用している経営者側の意見もたくさん聞いてきた。
その観点から、ベーシックインカムが深刻な問題を引き起こしてしまう可能性に気付くのだ。
それはつまり、ベーシックインカムが、努力と報酬との因果関係を分離してしまう、ということだ。
そうして救える命はたくさんある。生み出せる未来はさらに多いだろう。
その代り、労働の価値を引き下げる。努力と成果の意義を引き下げる。
結果として、ベーシックインカムは貧富の差を極限にまで引き上げる可能性が高い、と僕は感じている。
僕が見てきた働く人のあたりまえ(多分数万人は見ている)は、努力や成果を追及しつづけることがとても難しいというものだ。僕はたびたびダイエットを例に出すけれど、ダイエットではやるべきことがわかっている。でも、それができない。できる人はごく少数だ。
努力し続けられる人の方が少数派だ。
その、努力し続けられる人の数をさらに減らしてしまう可能性がある、と僕は感じるのだ。
たしかに救うべき貧困は多い。
ベーシックインカムはそれらの貧困を救うだろう。
安定をもたらすには、ベーシックインカムは素晴らしい効果を発揮するだろう。
でも、きっとそれは何かを失わせる。例えば国家としての成長力とか、自分自身の成長とかを。
最低保証という安定の中で努力し続けられる人は、決して多くはない。
平康慶浩(ひらやすよしひろ)