僕が叱られずに褒められて人生が変わった出来事
リーダーシップやマネジメントについて大勢の前で話すとき、たまに話す逸話がある。
それは僕自身が経験したことだ。
あきらかに失敗したときに、上司に言われた言葉がある。その言葉をかけられてから「しばらくして」、僕は変わることができた。
僕が20台後半くらいで外資系コンサルティングファームにいた頃だ。
その頃の僕は、とんでもなく生意気だった。
まったく空気を読まず、「正しいことは正しい」「間違っていることは間違っている」と断言し、部下にはパワハラを、上司には反抗をしていた。
あるプロジェクトに配置されたときのことだ。
比較的大型のプロジェクトで、僕を含めて複数のマネジャーやシニアコンサルタントたちが参画していた。アカウントリーダー(プロジェクトの責任者)は僕より年上のシニアマネジャーで、やっぱり僕は生意気に反抗していた。
そのプロジェクトは、その会社の存在意義を明確にして、ビジョンなどの具体的な言葉に置き直し、さらにそこから事業計画に落とし込もうとするものだった。
僕はその会社の現状分析を担当していた。
部下を連れて現場でヒアリングをし、財務を分析し、環境分析をし、組織構造についても課題を整理していった。
現状分析が終わったタイミングで、クライアントへの途中報告を行うことになった。
僕は徹夜で資料をまとめ、意気揚々とクライアントの前に座った。詳しい分析結果を報告し、課題を詳細に提示し、現状についての認識をすりあわせられる土台をつくった。
その場にはプロジェクトリーダーを含め、大勢の参加者がいた。
クライアント側の責任者が報告を聞き終えてこう聞いた。
「結論としてはどういうことが言えるんでしょう?」
僕は胸を張って答えた。
「御社には存在意義がありません」
凍りついたどころではない空気が張りつめたが、僕はさらに続けた。
「御社は、グループ内の他社に機能統合することが妥当だと考えます。ただし、唯一機能している、『親会社側社員の受け皿』ということであれば意味はあると思います」
クライアント側の方々は大人だった。
「手厳しいことをおっしゃいますねぇ」
と笑いながら応え、それに対してプロジェクトリーダーであるシニアマネジャーが場をなごませながら、次の話題=今後の具体的なタスクについて議論を進めていった。
僕は場が凍ったことには気づいたけれど、正しいことを言ったのだから何が悪い、というくらいにしか思っていなかった。
でもなんとなく、プロジェクトリーダーにはどやされそうだなぁ、とは思っていた。だから、それに対してどう反論するか、どう反抗するか、と言うことを考えていた。
そうして、会議後にプロジェクトリーダーに呼び出されるかと思ったが、違った。
彼は「おつかれー」とみんなに声をかけながら、僕にも気軽に声をかけてきた。
「君は営業に向いていると思うな。新しい引き合いが来た時に、一緒に提案してみようよ」
叱られると思っていた僕は、おや、と不思議に感じた。
それに、コンサルティングファームでの営業というと、上位者たちの仕事だ。仕事をとれることが出世の基本ルートだからだ。
その、営業と言う仕事に向いている、といわれて正直僕は嬉しかった。
それから僕は実際に営業に呼ばれるようになり、提案書を書いたり、プレゼンをするようになった。
そうしてしばらくして僕はやっと気づいたのだった。
本来なら僕は叱責されるべきだった。
しかし、その場で叱責されたところで僕は改めなかっただろう。
むしろそこでさらに強硬に、「正しいことを言って何が悪い」と反発したにちがいない。
あのとき、僕は叱責されるかわりに褒められた。
もちろん、僕が営業に向いている、なんてうそっぱちだ。だってやったことがなかったんだから。
でも、やったこともない営業に向いていると言われて、僕は営業に対して積極的になれた。
どんなに忙しくても、営業の話がくれば率先して手を挙げ、雑用もこなし、プレゼンの勉強もしながら、どんどん営業に力を入れた。
そうして僕は自分で気づいたのだ。あのとき、たしかに間違っていた、ということに。
仕事を依頼してくれているクライアント側の事情や感情をまったく考えずに、正しいことを正しく言ってしまったことは、やはりやってはいけないことだったのだ。
そしてそこまで気づくと、あの時「君は営業に向いているよね」と言ってくれた上司が、本当にすごかったんだなぁ、と気づいた。
僕はこの話を、行動心理学とかリーダーシップを語るときに話す。
叱っても人は変わらない。
ただ、自分で気づくことによってのみ、人は変わる、と。
そして気づかせるには、叱るよりも褒めて、そして気づけるような行動をたくさんとらせるようにすることだ。
褒められて僕はどんどん営業をした。そして営業を続けることで、気づけるチャンスをたくさん手に入れた。
そうして僕は変わることができた。
あの時僕に声をかけてくれた上司に、直接お礼を言うにはもう月日がたちすぎているので、こうして記すことでお礼の言葉に代えたい。
平康慶浩(ひらやすよしひろ)
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