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あしたの人事の話をしよう

人事コンサルタント 平康慶浩(ひらやすよしひろ)のブログです。これからの人事の仕組みについて提言したり、人事の仕組みを作る立場から見た、仕組みの乗りこなし方を書いています。

まじめな話と、雑感(よしなしごと)とがまじっているので、 カテゴリー別に読んでいただいた方が良いかもしれません。 検索エンジンから来られた方で、目当ての記事が見当たらない場合 左下の検索窓をご活用ください。

キャリア・コンプレックスは乗り越えられるのか

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photo by:Tiago Rïbeiro   Http://creativecommons.jp/

 

コンプレックス≒劣等感はなかなかやっかいな代物だ。

企業組織の人事改革を進めるときもそうだし、たとえば誰かを昇進させたり異動させたりするとき、給与を大きく上げたり小さくあげたりするときなど、人にまつわる改革をするときには、かなりの割合でコンプレックスがボトルネックになる。

 

もちろん、僕がここで言おうとしているのは、容姿に対するコンプレックスじゃない。

キャリアについてのコンプレックスの話だ。

このキャリア・コンプレックスを、どうすれば解消できるのか、ということを書いてみたい。

 

キャリア・コンプレックスがやっかいなのは、それが目に見えづらい点にある。

容姿についてのコンプレックスは、見ればだいたい想像できるしわかりやすい。

たとえば僕は今、少々横幅のある体型をしている。20歳の頃の僕の体重は今の約2/3しかなくて、けっこう痩せていた。だから社会に出た頃には太りたいと思っていた。貫禄が欲しかったからだ。だから太るような生活をしていて、もくろみ通り太れたのだけれど、気が付けば太るような生活が習慣化してしまって、痩せることは難しくなってしまっている。なかば開き直っているのだけれど、そのことがコンプレックスにはなっている部分もないわけじゃない。

話がそれた。

 

それはともかく、キャリア・コンプレックスは、その人のキャリアを聞いてみないと理解ができないような場合がほとんどだ。

たとえば、一流大学にストレートで入って一流企業に就職した20代後半の青年が、とんでもないキャリア・コンプレックスを持っている場合がある。

理由をよくよく聞いてみると彼の出身高校では、旧帝大クラスに入っていないとまずそこで落ちこぼれ扱いされるらしい。だから周囲に羨まれる大学なのに、彼にとってはどうでもいい大学だったのだ。

そして一流企業に入ったけれど、それは第一希望ではない会社だった。彼の心には、第一志望に「お前はいらない」と言われたんだ、という認識がずっと残っていた。

 

さまざまなコンプレックスがまずい状況を引き起こすように、キャリア・コンプレックスもわかりやすい弊害をもたらす。

 

最大の問題点は、キャリア・コンプレックスが自己肯定感を阻害する点にある。

前述の彼の例で言えば、「僕は何をやってもダメなんです」という感情に陥ってしまっていた。周囲から見れば仕事ができるビジネスエリートなのに。

 

自己肯定感が阻害されても、下積み仕事のうちはそれほど問題にはならない。

具体的に指示された仕事をしていれば確実に成果が出るからだ。

しかし自己肯定感が阻害されている人は、あることに対して極端な抵抗を示すようになる。

それは「変化」だ。

キャリア・コンプレックスは、変化に対して、人をとても臆病にさせてしまう。

今目の前のことについては結果を出せている。しかし変化があるとまた選ばれないかもしれない。変化についていけないかもしれない。

そうして、変化に極端に抵抗するか、あきらめてしまう。

 

組織の人事改革はもちろん、組織に変化をもたらそうとすることだ。

この取り組みを進めるとき、抵抗するタイプの人は、徹底して反対意見を述べて来ることが多い。説明しても説明しても、変化そのものについて反対をしたいので、理解を示そうとすることがない。

一方で、あきらめるタイプの人は表立って何も言わないけれど、ひっそりと一人で気持ちを沈ませていく。そしてじわじわとモチベーションを下げ、日々の仕事ぶりが悪くなっていく。

 

変化があたりまえの時代に、変化を受け入れられない生き方をしていると、そのことが原因で、キャリアを積むことができなくなっていく。そうして、キャリア・コンプレックスはさらに強くなっていく

 

キャリア・コンプレックスを持ってしまっているというだけで、優秀な人たちがキャリアを高められない負のスパイラルに陥ってしまうことに対して、僕はとてももったいないと考えてきた。

そのために、いくつかの支援をして、成功したことがある。二つほど紹介してみよう。

 

たとえば、学歴がコンプレックスとなっている人がいた。

彼に対して僕は、社会人大学院への入学を勧めた。日本でも有数の大学院で、本人は「無理でしょう」と話していたけれど、彼の経歴を考えると私立であるその大学院なら可能性は高いと僕は考えた。そして実際に彼は無事大学院に入って、卒業し、今まで想像していなかった業界に転職した。

これをキャリア・ロンダリングと言って否定する人もいるけれど、僕はとても良いことだと思う。学び続ける姿勢が認められる今日だからこそ、大学よりも修士課程、さらに博士課程で、よりよい学びの場を求めていくことは、それ自体が賞賛されるべきことだからだ。

そしてついでに、キャリア・コンプレックスも解消できるようになる。

余談だけれど、世界の有名な経済学者や経営学者は、大学は地元の比較的無名なところを出ていて、大学院で有名なところに行くことが多い。それは学究心がそうさせたわけで、そのことをロンダリングだなんて言う人はいない。

 

次に、最初に入った大企業を半年でやめてしまい、中小企業に格落ち転職した人がいた。

彼に対しては、今いる会社で5年以内に管理職になることを目指すように勧めた。僕が人事制度をつくった会社でもあったから、どういう行動をとって、どんな成果を出せば出世が早くなるかは具体的に教えられた。伸びている中小企業だからこそ、大企業のように管理職になるのに15年かかる、というようなこともなかったから。

そうして彼は5年で管理職ではなく、取締役にまで出世した。

そしてさらに彼はその後、ある有名企業の役員として転職した。

 

これらの例が成功した理由は3つあると考えている。

 

一つ目は、斜め上を目指したことだ。

大学をやり直すことは実質難しいし、最初の就職もやりなおせない。だからそこにストレートで入っている人たちと比較されるキャリアの積み方をしている限り、コンプレックスは薄まらない。

しかし、社会人として成功するキャリアは、一本のレールじゃない。だから、違う成功ルートを新しく作ろうとした。そうすることで、比較されるキャリアがなくなってしまう。比較がなくなれば、劣等感=等しく思える人たちの間で劣っているという感情、はなくなっていくのだ。

 

二つ目は、自分よりも経験のある他人の話を素直に聞いたことだ。

彼らについてはそれがたまたま僕だったけれど、別に僕である必要はない。いわゆるメンターとかコーチとか、古い言い方でいえば師匠とか。自分が納得できることを話してくれる人に悩みを打ち明けて、そして行動することだ。

そんな人を選ぶときに気を付けなければいけないポイントは簡単だ。

過去の挫折をバカにしない人を選ぶことだ。

「なんだ、高校で落ちこぼれちゃったんだね」

「1年ももたずに辞めるなんてそりゃだめだよ」

こんな言葉を口に出さなくても、そう思ってしまっている人をメンターにすると絶対に失敗する。大学受験に失敗した、就職に失敗したということを、事実としてありのままに聞いて頷いてくれる人を選べばいい。

 

そして三つ目。

それは期日を決めて行動したことだ。

いつか大学院に行ければいい、管理職になれたらいい、という風にはしなかった。

「じゃあ3カ月後に入学願書が配布されるからそれを受け取って来春の入学を目指そうか」

「5年で管理職になれるように、今日から少し仕事のやり方を変えてみよう」

そんな風に行動をはじめた。それが彼らが成功した要因だったと、僕は考えている。

 

キャリア・コンプレックスは、他人にはなかなか理解されづらいやっかいな代物だ。

でも、信頼できる誰かに相談し、期日を定めて、斜め上を目指していけば確実に解消できる

逆に、誰にも相談せず、変化しない日々を送っていては、コンプレックスはいつまでもつきまとってくるだろう。

少しだけでいいから、周りの誰かに話を聞いてもらうところから始めてみよう。

 

 

 

平康慶浩(ひらやすよしひろ)