新刊の没小説を掲載してみる
先日にも書いたけれど、11月10日(11日じゃなかった)に新しい本が出る。
しかし、今回の本、実は小説パートがない。
本当は書いていたのだけれど、読者ターゲットとずれる、ということで途中で書くのをやめてしまったのだ。あとページが多くなりすぎたという事情もあるけれど。
昨年に上梓した「出世する人は人事評価を気にしない (日経プレミアシリーズ)」の続編というか、まあ別の視点からの提言だ。
前作では、複数の方々から「とりあえず小説部分が読みやすくて、先に読んでしまいました」「小説面白かった」という肯定的なご意見から、「どうせ最後はハッピーになるんだろうなぁ、と思いながら読んだ(笑)」というような斜め目線のご意見までいろいろいただいた。
ちなみに韓国語版では、小説の登場人物たちがイラスト付きで出ている。
金剛課長(使用前)
金剛課長(使用後)
青葉係長(同期の前)
青葉係長(金剛の前)
その他もろもろ
金剛と同期で人事の専門家、赤城(そのヒゲはないと思うけれど)
金剛と同期でマイペースな知性派、加賀
策士の扶桑部長
オールドタイプの三笠常務
んで、今回の小説を死蔵するのももったいないと思うので、何回かに分けてアップしてみる。
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「転勤しないか、って言われたんだ」
同じ地下フロアの奥に、昔ながらの喫茶店があった。オフィス街なのに、普段着っぽい老人たちでそこそこ混みあっている。お互いに初めての店だけれど、大学同期の衣笠はまるでなじみのようにさっさと四人用のテーブルを確保して座り込んだ。隣の席が空いているのを見て、羽黒は少し安心した。多分、普通の社会人ならこんなことで悩みはしないだろう。だから知らない誰かに聞かれるとバカにされそうで、気が滅入るからだ。
「は?転勤?どこに?」
「うん……名古屋……」
「ふーん、で?」
「で、って?」
「だからなんで悩んでんの?」
アイスコーヒーと一緒に口に含んだ氷をがりがりと噛みながら、衣笠が訪ねた。一瞬バカにされている感じがして目をそらしかけたけれど、衣笠は笑ってはいなかった。
「お前が考えていることを口にするまでに時間がかかるのは知ってるよ。ゆっくりでいいから、なんで悩んでんのか、自分の言葉にしてみろよ」
そう言われて、羽黒は思わず涙ぐみそうになった。けれども、きっとまた女々しいと言われるだろう。そう考えて、ホットコーヒーを手に、ゆっくりと言葉をつむいでいった。
「まとめるとこういうことか。一つ目は、今の部署の仲間ともお客さんとも親しくなってきたけれど、転勤するとそれを全部一から始めるのが怖い。二つ目は、大学時代の仲間たちがたくさんいる東京を離れるのがさびしい。三つ目は、本社から地方支社への転勤だから左遷されるみたいで恥ずかしい」
羽黒は黙ってうなずいた。
「絶対行けって言われてんの?」
「いや……係長の先輩が名古屋に課長として転勤になるんだ。それでだれか連れて行きたいってことで、僕に声がかかっているんだけれど、嫌なら断わってくれてもいいって……今朝その先輩に言われたんだ」
「なに、その先輩と仲いいの?」
「普通……だと思う。ただ、なんというか、そうだね……わりと元気で押しの強い人で、一緒に営業するとわりとうまくいくことが多い……かな」
「ふーん。お前昔っから押しの強いやつと組むとうまくいきやすいもんな」
「そうかな?」
「そうだよ。例えば俺とかさ」
いたずらっぽく笑う衣笠につられて羽黒も笑った。
「まあ、俺もお前と同じだけの社会人経験しかないわけだけどさ。出世したけりゃ転勤はした方がいいって聞いたことはあるな。んでお前は出世したいの?」
「どうなんだろう……」
「出世しなくてもそこそこの給与をもらってのんびり暮らせるならいいんだけどさ。俺たちの時代にはそういう席は残ってんのかねぇ」
「出世、しなきゃいけないのかな」
「そればっかりはわかんねぇな。でもまあ、俺は出世したいしそのために頑張ってる。もし俺がお前だったら、二つ返事でOKしてるだろうな」
「衣笠だったらそうだよね」
「でも、その係長が俺と同じタイプだとしたら、きっとおれにはそのチャンスは廻ってきてないわけだ。お前だけに廻ってきたチャンスなんだよな。でもリスクもある。ああ、どうすっかねぇ」
「うん……でも話を聞いてくれて、少し気が楽になったよ。やっぱり自分で決めなきゃいけないことだし、もうちょっと考えてみることにする」
「もし答が出ないんだったら、連絡して来いよ。SNSでメッセージくれれば聞くくらいはしてやるよ」
「うん。そろそろ仕事に戻らなきゃね」
「そうだよ、やべぇ!さっきカレーおごってやったからここおごっておいてくれよ。急がなきゃいけないんだった!」
そういってカバンをひっさげてあわてて立ち上がる衣笠に、羽黒は笑顔のうなずきで答えた。
(第一話完)
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平康慶浩(ひらやすよしひろ)