あしたの人事の話をしよう

セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役 兼 グロービス経営大学院HRM担当准教授の平康慶浩(ひらやすよしひろ)のブログです。これからの人事の仕組みについて提言したり、人事の仕組みを作る立場から見た、仕組みの乗りこなし方を書いています。

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高齢化が阻む昇給

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※前回の記事の続きです。 

 

 将来仮に景気が回復すればこれらの二つの理由(人件費がコストとして管理されるようになったから、人を相場の給与で入れ替えられるようになったから)は解消されるのか。私はその可能性は極めて低いと考えている。

 多くの企業では事業計画と言うものをつくる。昨年までの売上や利益の実績をもとに、今年、そして来年以降の業績見込みを立てることがその基本だ。もしその見込みが低いようなら、その額を引き上げるために行う活動を決める。投資をしたり、新たな地域に進出したり、他社を買収する、と言うような内容だ。あるいは不採算事業を売却したり、リストラをするといった内容を含むこともある。

 

 その事業計画で中心になる数字がある。

 

 景気が低迷している状況では、それは売上と利益だ。

 複雑な経営指標を使う場合もあるけれど、その根底には売上と利益がある。そしてバブル崩壊以後、多くの企業では特に利益を重視した事業計画を立てている。

 第一に業界そのものが縮小している場合が多いし、第二に競争が激化しているということがある。競争相手は日本だけでなく、世界の様々な地域に存在することも当たり前になってきた。

 

 なぜ利益を重視するのか。

 それは企業の持ち主が株主であり、株主がそれを要求するからだ。非上場の企業であればオーナーが株主だ。その場合に利益を求める、と言うことは非常にわかりやすい。

 一方で上場企業であれば株主は様々だ。

 バブル崩壊前、日本の上場企業の株主は、他の上場企業が多かった。同業他社間で『株の持ち合い』をしたり、メインバンクが安定株主になってくれていた。その状態で多くの株主側企業は、配当を受け取るよりも、その代りに自社の株も安定的に持ってもらいたいと考えていた。また、株価もどんどん上がっていたのでそれだけで含み益が出たということもある。だからあえて配当を求めることもしなかった。そのため、時として企業側が、利益の多くを社内の正社員に賞与や使用可能な経費として配分した場合もある。株主が配当を重視しなかったからこそ、それが出来たのだ。

 

 しかし今の株主は違う。七五%以上の株主が配当を重視している。

 

 こう書くと、ああ、外国人株主が増えたということだろう、と思われるかもしれない。たしかに外国の機関投資家は株主として大きな割合を占めている。しかしその割合は約二六%だ。

 まず外国人株主以外に個人株主が増えている。東証で言えばおよそ二〇%を占める。

 さらに意外と知られていないが、年金基金がある。年金基金は、信託会社などの金融機関を通じて株式を保有しているからなかなか表には見えてこない。しかし年金基金の規模は八十兆円以上にもなる。

 ちなみに東証一部、二部、マザーズを含めた株式時価総額はおよそ三百兆円前後。年金基金はそのすべてが株式で運用されているわけではないので単純に比較はできないが、年金基金を預かることの多い信託銀行が保有する東証の株式時価総額だけでも六十兆円近い。全体の約十九%だ。

 外国人、個人、そして年金基金はいずれも配当を重視する。

 特に年金基金は配当を重視せざるを得ない。

 なぜなら、ほとんどの年金基金は四%とか五%といった配当を前提に、定年退職者に年金を支給しているからだ。

 一九九五年より前であれば、国債を買っておけばそれ以上の金利が保証された。しかし今や国債金利はせいぜい一%。残る三~四%分の配当はどこかよそでまかなわなければいけない。そうしなければ、年金が払えなくなり、基金そのものが破たんすることになる。基金が破たんすれば、定年後の高齢者の生活が立ち行かなくなる。

 

 そしてこれから高齢者はどんどん増える。年金基金側の負担はさらに重くなる。

 

 そうして増える配当要求は、企業の事業計画に対して、さらなる利益の創出を要求することになる。高齢化が進む分だけ、企業は利益を重視しなければいけなくなる要素が確実にあるのだ。

 

 人件費を増やす余地はその分だけ減っていく。

 

 

平康慶浩(ひらやすよしひろ)