なぜあんなダメな先輩がトップになったのか
遅咲きを非難する人がいます。
「あいつよりも自分の方ができるのに」
「あんな失敗をしておいて良く戻ってこられたものだ」
というように、陰口を、いや時には表だって非難する人だっています。
こういう非難をする人は、実はその後の自分の可能性をつぶしてしまっていることに気付かなければいけません。しかし残念ながら、なかなかわかってくれないということも事実です。
ある飲食チェーンで創業社長が退き、次の社長には副社長が就くものと思われていました。しかしふたを開けてみれば、アルバイトからたたき上げて一度は役員になったものの、ある地域への出店に失敗して降格されていた60才手前の部長が社長に抜擢されたのです。
そのことについて、比較的温厚な副社長は特に何も言わず、「自分がいると彼もやりにくいだろう」と社長と一緒に退任されました。
しかし他の役員達は口々に不平不満を並べ立てました。
それこそ本当に、
仕事ができない人を社長に据えてどうする。
エリア出店の失敗でどれだけの損失が出たと思っているんだ。
そもそも年寄すぎる。
これから何年やれると思っているんだ、
などなど。
しかし一度は降格したこの方を再び引き上げた創業社長の判断基準は、とてもわかりやすいものでした。
なぜ彼が?という皆の質問に対する答えは
「言い訳をしない。失敗から学んでいる。そして、人を育てている」
というものでした。
たしかに新社長は、話す言葉は流暢ではありませんが、朴訥に部下を育てる人で、多くの店長から慕われていました。そしてデータを調べてみれば、エリア出店の失敗以降、彼が立ち上げた店舗はどれも順調に成長していました。
創業社長は役員達を前に、こういう話をされました。
「そもそもエリア出店の失敗は彼だけの責任ではなく、会社全体の責任であるし、ひいては私の責任でもある。けれども彼はそういったことをいっさい口にせず、すべてを自分の責任として降格に従った。あのとき、君たちの誰が、自分にも責任があると手を挙げたかね?」
その言葉に役員達は黙り込みました。
「飲食業の財産は人だ。人がいなければ店は成り立たない。今、価格競争が厳しい時代だからこそ、人による付加価値で勝負しなければいけないのだから、一番たくさん店長を育ててきた彼を社長に据えるのは当然だろう。それとも誰か彼以上に店長を育てた人はいるかね」
何も答えない役員達を見渡しながら、創業社長は満足したようにうなずきました。
その隣で小さくかしこまっている新社長の姿が、妙に印象的だったことを覚えています。
平康慶浩(ひらやすよしひろ)
この文章は、2016年5月27日に新たにプレジデント社から出版する本の一部を抜粋したものです。よろしければぜひ全体を読んでみてください(以下のリンクから予約購入していただくと忘れずに済みます)。