あしたの人事の話をしよう

セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役 兼 グロービス経営大学院HRM担当准教授の平康慶浩(ひらやすよしひろ)のブログです。これからの人事の仕組みについて提言したり、人事の仕組みを作る立場から見た、仕組みの乗りこなし方を書いています。

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正社員は安定していない/派遣社員がいいわけではないけれど

今派遣社員の方に向けて、派遣社員の問題を、人事の仕組みの観点から解きほぐしてみます。

 

こんな記事が最近出ました。

派遣最長3年 制限は個人ごと

厚生労働省の「今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会」が、3年ごとの派遣制限を、個人別にしてはどうかと提言したというものです。

 

現在は、個人別ではなく会社別なんです。

 

例を出してみましょう。

 

派遣社員を雇って、派遣する側にA社とB社があるとします。

派遣を受けて、自社で仕事をしてもらう側をC社とします。

C社が2010年4月に派遣社員を、A社から受け入れました。その仕事自体は1か月だけで、5月には派遣契約を解除しました。

2012年9月に、C社が別のB社から、別の派遣社員を受け入れました。

C社の現場では、この派遣社員には長く働いてほしいと思っていたのですが、2013年3月(実際にはそれより少し前)に、人事部門に指摘されます。その人を派遣として雇えるのは、3月までですよ、と。

「抵触日になりますので、4月以降も働いてもらうためには、自社雇用に切り替える必要があります」と指摘されるわけです。

 

つまり、C社が「派遣社員」という形態を受けいれて3年が経過すると、その相手がどこの派遣元で、派遣されてくる人がだれであろうと、最初の日から3年を経過するとそこで派遣の受け入れができなくなります。

少なくとも3か月と1日の間は。

それが過ぎれば再度派遣社員を受け入れることができるようになります。

 

これを、個人別に変えてはどうか、というのが現在の厚生労働省の研究会検討結果です。

 

 

■ 現在の派遣法と抵触日は実際には機能していない

 

抵触日という制限は、もともとは派遣社員を正社員にするために考えられた仕組みです。3年間を過ぎても雇い続けたければ、自社雇用にしなさい。そうして、「派遣」という不安定な状態を解除しなさい。少なくとも、労働者を働かせる企業側はその努力をしなさい、というものでした。

 

私は、派遣労働者を受けるメーカーやサービス業側のコンサルティングもしていますし、派遣労働者を送る側のコンサルティングもしています。

 

その現場でわかることは、この抵触日という考え方が機能していない、ということです。

 

もちろん、3年以上の派遣は完全に制限されています。

 

その結果何が起きているかと言えば、派遣会社側の業績悪化だけ、です。

派遣事業そのものをとりやめた企業も多いです。

 

受け入れる側の企業では、大きな変化がありません。

なぜそうなっているのか。

そこには二つの問題があります。

第一の問題は、おそらくどなたでもわかる話。

第二の問題は、人事の仕組みを知らないとわかりづらい話です。

順に説明してみましょう。

 

 

■ 派遣社員は正社員化されず、契約社員になっている

 

ある物流企業があります。そこでは、商品の仕分け作業に、多くの派遣社員を活用していました。

しかし抵触日が来る。

でも、派遣社員は一拠点毎に20人~100人もいて、とてもやめさせることはできない。

仕方なく自社雇用に変えるわけですが、その際に選ばれるのは「契約社員」や「アルバイト」という雇用形態です。

多くの企業では、社風への適合度合や地頭の良さ、コミュニケーション能力の有無などで採用をします。その確認にはとても手間がかかります。現場ですでに働いている派遣社員だった人たちにその確認をすることは、事実上とても不可能です。

一方で、現場としてはそんな確認は求めていません。

派遣社員に任されている作業はおおむね単純作業なので、採用時に確認するような能力が足りないとしても十分に業務を遂行できるからです。

そうして選ばれるのが「契約社員」や「アルバイト」です。いわゆる非正規雇用という形態です。

非正規雇用の状態だと、派遣社員だった人の状況は何も改善されません。

むしろ、派遣会社に登録していたころの方が、社会保険や福利厚生が整っている場合すらあります。

 

そこで今年、平成25年4月1日に、「契約社員」や「アルバイト」であっても5年間雇い続けていたら、正社員にしなければいけないという法律ができました。

やれやれ、これで一安心、というところまでが誰でもわかるようなお話。

人事の仕組みを知っていれば、続きがあります。

 

 

■ 正社員になっても「安定」するわけじゃない

 

抵触日のあと、実際に派遣社員を正社員として雇用する企業も少なからずありました。

もちろん、派遣社員だった方々は喜びました。派遣社員を数多く受け入れていた会社には、大手企業も多かったからです。

(派遣社員の方々の中には、フルタイムで働けないから派遣を選んでいたのに、と不満をもらすかたも数多くいたことは事実として覚えておいた方がよいです。)

しかしそれから数年がたって、正社員になった方々は首をかしげます。

 

・新卒から入社している人たちに比べて、昇給が遅い

・賞与が少ない

・昇進できない

 

たしかに有給休暇を含めた福利厚生部分は安定した。

けれでもサービス残業は逆に増えた。

今までは「ハケン」だから正社員との差があっても理解できたけれど、同じ正社員なのに、昇給や賞与や昇進に差があることは理解できない。

 

旧い人事の仕組みの会社で、この問題を解決することはほぼ不可能です。

だから派遣社員がいい、と言いたいわけではありません。

結論としては、「実力に応じて給与を決める、新しい人事の仕組み」を採用しない企業は選ばない方がいい、と言いたいのです。

 

 

■ なぜハケンが正社員になっても条件が改善されないのか

 

旧い人事の仕組みの企業では、「年功」が残っています。

自分の会社の人事の仕組みが旧いか新しいかを判断するためには、今の人事制度がいつ改訂されたかを確認してみるといいでしょう。2008年よりも前に改定されたものであれば、旧い仕組みの可能性が高い。

 

「年功」が残っている旧い人事の仕組みの企業では、昇給でも賞与でも昇進でも、「年功」が影響します。

それは、会社に入って何年目か、ということです。

昇給であれば、少ない年数の社員は、低い給与額からスタートしています。そして、新卒と同じくらいの昇給しかしません。今なら年平均で5000円くらい。

つまり、時給になおすと30円。

毎年時給が30円上がる仕組みが、旧い人事の仕組みです

 

賞与はその給与額をもとに計算されます。

だから2か月分の賞与を夏冬もらえる企業でも、毎年1万円ずつ増えるだけです。

 

昇進はもっと厳しい。

入社時点から何年過ぎたかで昇進候補になれるかどうかが決まります。

実力は、その最低限の年数が過ぎた後に評価されます。

昇進までの最低年限は、大体5年から8年です。言い換えると、最低5年は昇進できません。

 

新卒で入ったのならそれでも我慢できるでしょう。22歳で入社して27歳ですから。

でも派遣社員から正社員になった場合、スタート年齢が違います。

そこから5年? 28歳で正社員なら、33歳?

新卒で入って同じ仕事をしていた人はその間にどんどん上司になっていって、給与も賞与も増えるのに(それでも旧い人事の仕組みの会社なので、遅いことは遅いのですが)。

 

 

■ 派遣社員の立場から始めたからこそ「上司の目線」を持とう

 

私が昨年末に書いた「うっかり一生年収300万円の会社に入ってしまった君へ」にも書きましたが、旧い人事の仕組みの会社に入ってしまっているのなら、その序列の中で生きてゆくしかありません。

でも、派遣社員から正社員になった方に助言するのなら、転職をお勧めします。

ただし、正社員になった状態で、専門性を確保することに力を注いでほしい。

それは、本にも書いた「上司の目線を持つ」ということから始められます。

仮に物流現場の仕分け作業という単純作業をしていても、できることはあります。

どうすればこの単純作業を手早くできるか。

自分がそれを短時間にできるようになれば、周りの人にそれを伝える方法を考えます。

そうして、ラインそのものの効率を上げることを考えていきます。

その結果、上司よりも仕事ができるようになるでしょう。

 

上司より仕事ができるようになっても、旧い人事の仕組みの会社では、早く昇進できるわけではありません。

でも、その実績をもって、転職の場に出ることができます。

派遣社員だった立場より、正社員経験者としての立場からの転職の方が、多くの選択肢を持つことができます。

 

今回の派遣法改正案が、国会の場にまで出るかどうかはわかりません。

もし通ればですが、派遣の立場でいても、少なくとも個人に3年のチャンスが与えられるようになります。

それから契約社員として2年雇用されれば、正社員化の道が開けています。

その会社が、新しい人事の仕組みの会社であれば、あなたはラッキーです。

実力さえあれば上にいけます。

 

でも、もし旧い人事の仕組みの会社であっても、その経験はマイナスにはなりません。

 

今回の法改正について、メリット・デメリットのいずれかだけを語る人が多いと思います。

しかしその先の、派遣先の会社で採用されたあとにこそ課題があるということをぜひ覚えておいていただければと思います。

 

 

平康慶浩(ひらやすよしひろ)