あしたの人事の話をしよう

セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役 兼 グロービス経営大学院HRM担当准教授の平康慶浩(ひらやすよしひろ)のブログです。これからの人事の仕組みについて提言したり、人事の仕組みを作る立場から見た、仕組みの乗りこなし方を書いています。

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キャリアの棚卸しをする2つの視点 スペシャリストとプロフェッショナル

転職を考えるとき、キャリアの棚卸しをする人が多いと思います。

履歴書と職務経歴書を書きながら、過去のさまざまな出来事に思いをはせることになります。

 

そういえば新卒の年にこんなことがあったな。

係長昇任のときには、こんな仕事が決め手になったんだっけ。

異動を命じられたとき、悩んだなぁ。

 

そんなことを思い出しながら、年表に沿って、担当した仕事と、そこで学んだことを書き記してゆきます。

 

昨年末に上梓した「うっかり一生年収300万円の会社に入ってしまった君へ」の中では、「棚卸ししたキャリアをストーリー化しよう」、ということを書きました。

詳細はそちらをお読みいただければと思いますが、今日は、その先の話を書きたいと思います。

 

キャリアの棚卸しをするとき、職務経歴書に書き記した内容をもとに、2つの視点で再整理することをお勧めします。

 

それはスペシャリストとしてのキャリアと、プロフェッショナルとしてのキャリアです。

 

 

■ スペシャリストとしてのキャリアはあなた自身の値段

 

日本の、旧い人事の仕組みでは、スペシャリストはなかなか育ちません。というよりも育てようとはしていません。

ニューズウィーク8月22日の冷泉彰彦さんのコラム

「ジョブ型雇用」はまず経理部から導入してはどうか?

http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2013/08/post-583.php

にもありますが、『「専門性はないが、その会社独自のカルチャーに根差した調整能力は抜群」という、いわゆる「メンバーシップ雇用」』という形態が一般的です。

このような事態の背景には、実は人事コンサルタント側の問題も若干はあります。

例えば先週登壇したとあるセミナーで、こんな相談を受けました。

 

そのセミナーの中で私は、職種別の処遇を浸透させて、3年で社内にスペシャリストを育てよう、という話をしました。

セミナー終了後、とある企業の社長が来られて相談されました。

「現在何社かのコンサルタントに相談して人事制度を刷新しようと考えているのですが、どのコンサルタントも、職種別人事制度は機能しづらい。運用がむずかしい。だから総合職型の人事制度にした方がよい、と提案されます。先生の講演内容とは一致しないのですが、どう考えればよいのでしょう」

「社長、あなたはどちらの仕組みにしたいのですか?」

「私は専門職を育てなさい、という先生の言葉に深く共感しました。だから職種別人事制度にしたいと思っています」

「ならそうすべきでしょう。機能しづらい、運用が難しい、というのは、言い換えれば、設計が難しい、ということでもあります。おそらく今提案されているコンサルタントの方々は、職種別人事制度の設計に不慣れなだけだと思いますよ」

 

そんな事情もあって制度が総合職型になっている企業も一定割合あるわけですが、総合職型=冷泉さんのおっしゃるところの「メンバーシップ雇用」型で育った人たちは、スペシャリストとしてのキャリアを積みづらいわけです。

 

この「メンバーシップ雇用」の中で育った人たちが、自分自身のスペシャリストキャリアをはっきりさせるために、前述のキャリアのストーリー化が有効に機能します。

 

ストーリー化したキャリアは、ストーリーのクライマックスとして、あなたが目指している専門性をクローズアップさせます。

そしてその専門性に対して、労働市場で値段がつくことになります。

 

ストーリーには起承転結があります。

「起」の部分で、あなたは社会人になったときの思いを整理します。

「承」の部分で、社会人生活で得たスキルを、最初の思いに合わせて記します。

「転」の部分で、スキルの変遷、多様化、獲得時の困難さを記します。

「結」の部分で、現在獲得している専門性と、今後目指す方向性を記します。

こうして整理したとき、転職で志望したい職種と違う経験について「転」として記すことができるようになります。

企画畑を目指していたけれど、実際には営業経験の方が長い。

研究職だったけれども、子会社の経理に出向させられた。

そんなキャリアの断絶も、ストーリーとして記すことで、「結」の部分であなたの価値を高めてくれる要素になります。

 

そしてあなたは転職に成功する。

 

しかし、さらにこの先があります。

 

 

■ スペシャリストであることだけでは望む状態になりづらい

 

8月19日にこんな記事を書きました。

サラリーマンを労働者と考えないほうがよくなってきている

http://hirayasu.hatenablog.com/entry/2013/08/19/182410

 

現在の日本社会において、食べていくためだけの職は比較的容易に見つかります。

飲食や物販のサービス業では常に人材が不足しています。介護などの、国家的に転職を進めたい産業もあります。

もちろん身体的、あるいは精神的な疾患がある場合にはなかなか難しいことも事実です。また、これらの職種では非正規雇用も多く、使い捨てのような状態になることもあります。

しかし、最低限「食べて寝る」ためだけならばなんとかなります。

 

でも、ほとんどの人は、その状態に満足しません。

 

なぜなら、周りを見渡せば、そうでな生活水準の人も多いからです。

人は貧しさそのものよりも、他の人よりも貧しいことに、不満を覚えるものです。

 

しかし転職という方法だけでは、この「他人よりも貧しい」という状況を脱することはとても難しいものです。

 

そこで、キャリアの棚卸しに際して、もう一つの視点を持ちます。

それが、プロフェッショナルとしてのキャリアの棚卸しです。

 

 

■プロフェッショナルとは生産者(プロデューサー)になるということ

 

 プロフェッショナルという定義には様々なものがあります。

 その中でも多くの人が納得する共通項を探すとすれば、それは「稼げる人」という定義だと思っています。

 では「稼げる人」とはどういうものなのか。

 稼げる人の条件は単純化すれば2つです。

 

 第一に、場所と時間を限定されずに「お金」(対価)を受け取る人

 第二に、費やしたお金以上に「お金」(対価)を受け取る人

 

 第一の条件は、フリーランスの方などを想像してみてください。あるいは、社内においても一定レベル以上の役職者=たとえば取締役クラスなどがあてはまります。

 主に社内で育つスペシャリストは、「雇用」という契約に縛られることになります。そして雇用の対価としてお金をもらいます。そこには場所と時間の制限があります。

 

 第二の条件は、成功した士業の方などがわかりやすい例です。成功した会計士や弁護士などは、お客さんに請求する単価がどんどん上がってゆきます。全く同じ仕事を、新人の士業の方ができるとしても、あえて高い値段で依頼されることも増えます。

 

 これらはつまり、自分が生み出す何らかの価値に対して、お客さんが高い対価を払うことを認めている状態です。

 

 カバンや靴で言い換えても構いません。高級ブランドのカバンも、ネットで注文できる無名の職人手製のカバンも、どちらも使い勝手は大きく変わりません。しかし、高級ブランドのカバンは、無名職人のものよりも数倍高い値段で買ってもらうことができます。

 

 あなた自身が生み出す価値に、普通よりも高い値段がつく状態。

 それがプロフェッショナルの条件です。

 そして、スペシャリストとは、この一点においてのみ似て非なるものです。

 

 このプロフェッショナルとしての状態を目指すことが、よりよい生活を望む人々に求められています。

 

 

■ プロフェッショナルとしてのキャリアの棚卸し

 

 職務経歴書から始める、キャリアの棚卸しに話を戻しましょう。

 スペシャリストとしてのキャリアの棚卸しは、ストーリー化することで比較的容易に実現します。

 しかしそれだけでは、会社との雇用関係に縛られる状態が継続します。

 そこでプロフェッショナルとしてのキャリアの棚卸しを考えてみます。それはプロフェッショナルとしてのキャリアを作ってゆく作業でもあります。

 

 プロフェッショナルとしてのキャリアは、何で見るべきでしょう。

 それは「つながり」です。

 なぜなら、付加価値というものは、あなた自身ではなく、他人が認めるものだからです。いくら素晴らしい価値を持っていたとしても、自分しか知らない状態ではそれは付加価値になりません。

 同じ価値でも、多くの人が知っているもの。それが付加価値になります。

 

 だから職務経歴書を振り返りながら、その時々に作ってきた自分のつながりを棚卸しすることが、プロフェッショナルとしての棚卸しになります

 

 それは決して難しいことではありません。

 

 学生時代のつながり:同期だけでなく、先輩、後輩、教官、他校の友人

 社内のつながり:同僚、上司、部下

 職業としてのつながり:取引先、顧客

 専門性としてのつながり:同業の知人、学会

 交友としてのつながり:紹介された友人・知人、SNS、交流会

 親族としてのつながり:家族、親族

 

 これらのつながりを可視化して、現在も活きているかどうかを確認する。

 それがプロフェッショナルとしてのキャリアの棚卸しの第一歩です。

 そして、棚卸ししたつながりの中で、あなたの価値(専門性)を知っている人、その深さを整理してゆきます。

 この中でも特に、社内以外のつながりを多く持っている人がプロフェッショナルになりやすい。

 

 もし棚卸しした結果、あなたの価値(専門性)を知っている人が少ない、ということがわかれば。

 それはあなたにとってチャンスです。

 気づいたあなたは今からでも改善できるからです。

 

 

 

■ 専門性とつながりが人生のキャリアオプションになる

 

 「つながり」というものに視点を定めることは、もう一つの効果があります。 

 それは、チャンスを逃さないオプションを与えてくれる効果です。

 なぜなら、人と人とのつながりだけがチャンスを与えてくれるからです。

 しかしただつながっているだけでは、チャンスはやってきません。

 あなたの価値(専門性)があってはじめて、つながりがチャンスになります。

 

 キャリアにはいくつものターニングポイントがあります

 社内ではそれは「異動」や「転勤」の形でやってくることが多い。

 たまたま上司が誰かに仕事を振りたいと考えていて、それがとても魅力的な仕事の場合などです。

 また、取引先がたまたま何かの仕事を依頼したいけれども、それがどこの会社でもよい、と考えている場合。

 社外であれば、精力的な友人が起業を考えていて、誰か仲間が欲しいと思っている場合。

 あるいは、とある企業の有力ポストに空きがあって、まだ転職エージェントに話が行っていない状態。

 そういったチャンスにあなたが選ばれるためには、オプションが必要です。

 オプションとは選択肢ではありません。

 オプションとは、チャンスを獲得できる権利のことです

 

 会社の中だけの単線キャリアを超えて成長するために、キャリアオプションとしての専門性、そしてつながりを獲得しましょう

 

 

平康慶浩(ひらやすよしひろ)