あしたの人事の話をしよう

セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役 兼 グロービス経営大学院HRM担当准教授の平康慶浩(ひらやすよしひろ)のブログです。これからの人事の仕組みについて提言したり、人事の仕組みを作る立場から見た、仕組みの乗りこなし方を書いています。

まじめな話と、雑感(よしなしごと)とがまじっているので、 カテゴリー別に読んでいただいた方が良いかもしれません。 検索エンジンから来られた方で、目当ての記事が見当たらない場合 左下の検索窓をご活用ください。

インセンティブの仕組みの本質

人を動かすための仕組みに、インセンティブ、がある。

 

「インセンティブ設計の経済学」伊藤秀史・小佐野広(2003)勁草書房、によれば、広い意味での「インセンティブとは『やる気を起こさせるもの』『アメの期待とムチの恐れとを与えて、行動へと駆り立てるもの』」となっている。

 

せまい意味で使うとすれば、働く人たちに頑張ってもらうための仕組みがインセンティブの仕組みだ。

 

・昇給の仕組み

・昇進の仕組み

・賞与の仕組み

 

これらは代表的なインセンティブの仕組みだ。

この他にも、例えばこんな仕組みもインセンティブになる。

 

・長期雇用の仕組み(終身雇用を含む)

・休暇の仕組み

・社内の個人的設備(机とかパソコンとかが良いものに変わったりすること)

・その他福利厚生の仕組み

 

あまりメジャーじゃないところでは、こんなのもある。

 

・使える経費枠の設定

・役職/呼称の選択(たとえば課長じゃなくても名刺に『課長』と書けるとか)

 

 

これらの仕組みを設計するとき、『契約理論』とか『行動心理学』とかの学門をベースにしながら検討をすすめる。

 

たとえば「アメ」の方が強くなりすぎると、人は満足したところでサボったりする。

逆に「ムチ」が強すぎると、人はあきらめたりする。

そして、どんなインセンティブも、やがて慣れられたり飽きられたりすると、当初の目的通りに使われなくなったりする。

 

経費枠なんかはその代表的なものだ。

現場の課長や部長クラスからは、決済を必要としない経費枠がほしい、という要望が上がってくることが多い。

じゃあ、ということで課長に月5万円、部長に月10万円まで、会社に関係することに自由に使っていい、という仕組みを作ったこともある。

でもしばらくすると、その仕組みはたいてい破綻してしまって、中止することになる。

経費枠を設定したために、毎月きっちりと経費枠を使い切ることに集中されてしまったりするからだ。

 

賞与の仕組みも、インセンティブとして設計したはずが、やる気をなくさせる仕組みになることがある。

ある年にたくさん賞与を支払って、翌年にそれより減ったとしよう。

すると、多くの人はやる気を失ってしまう。

もらえるだけいいじゃないか、と思うのは外部の人間だけで、もらう側からすれば「去年より減らされた」という思いが強くなってしまうからだ。

 

行動心理学でいうところのアンカリングが発生してしまうのだ。

 

以前はどうだったのか、ということだけが基準となってしまうので、継続的な努力や改善を生み出すことがとても難しくなる。

そのために、営業系の会社では毎年インセンティブの仕組みを変更することもある。

 

 

僕が今、人事コンサルティングの現場で特に改善を促しているのは、定期昇給や定期賞与、定期昇格などだ。

どれも定期的に給与が増えるチャンス、賞与が増えるチャンス、昇格するチャンスを与える仕組みだ。

これらは数年から数十年単位での継続的な努力や改善を導く仕組みとして、当たり前に各社で運用されている。

 

でも、これらの仕組みがインセンティブとして機能しなくなっている会社が多い。

 

定期昇給は、昇給するだけでもインセンティブ=「アメ」になるはずなのだけれど、その額が少ないと「ムチ」に感じられてしまう。

そして「どうせ給料はそんなに増えないんだから」という失望につながっていく。

 

定期賞与は本来であれば受け取れない可能性もあるのだけれど、額が減ったり、不支給になったりすると、不満が高まる。

そもそもボーナス一括払いとかで何かを買っていたりすると、生活に困る事態にもなる。

「もっと賞与をもらえる会社に転職できたらいいなぁ」というあきらめ感が高まるが、「会社から賞与をもらえるようにみんなで業績を高めよう!」という意欲にはつながりづらいのだ。

 

定期昇格だと、同期よりも昇格が遅かった、というだけでもうやる気はなくなってしまう。人によっては平気でふてくされる人もいる。

 

いずれも「アメ」のはずなのに「ムチ」になってしまって、「あいつはもらっているのに俺はもらえなかった」「あいつは出世したけれど、俺は出世できなかった」という負のループを心に生んでしまうこともある。

 

 

どうすれば、アメをアメとして機能させることができるだろう。

それはインセンティブを設計するときの大きな悩みのひとつだ。

 

ムチを強くする、と言う選択肢もある。

その場合、どこまで強くできるか、ということを気を付けながら設計しなければいけない。

 

アメの渡し方を改善することもある。

アメを階段型にもらえるようにしたり、あるいは連続型でもらえるようにしたりする場合もある。階段型というのは、たとえばいい結果を10回出すごとにボーナスを払うよ、と言う仕組みであり、連続型というのはいい結果1回ごとに少しずつボーナスを払う、と言う仕組みだ。これはどちらもメリットとデメリットがある。

 

そうしてインセンティブをいろいろと検討していくのだけれど、仕組みプラスアルファが必要だ、と言う結論に落ち着くことがほとんどだ。

だから、定期昇給や定期賞与や定期昇格をもう一度機能させられるようにするためにも、そのプラスアルファが必要だ。

 

それはなにか?

 

オーラルコミュニケーションの促進。

平たく言ってしまえば「ほめること」と「しかること」だ。

いや、なにもほめ上手になりましょう、と言いたいわけじゃない。

いい人になりましょう、ということでもない。

ちゃんと口に出してコミュニケーションをとることで、お互いに意思疎通をはからなければいけない、ということだ。その典型的なものが「ほめること」と「しかること」だというにすぎない。

オーラルコミュニケーションをしっかりとっていく。そうして「ほめること」と「しかること」を適切なタイミングで繰り返していけば、やがて信頼関係が生まれてくる。

 

インセンティブの「アメ」と「ムチ」を活かすには、プラスアルファとしての信頼関係が必要なのだ。

 

いつ裏切るかわからない人同士で使う「アメ」と「ムチ」は、お互いの不信感を助長させていく。

横並びでも仲間意識も生まれにくくなってしまう。

 

でも、信頼関係を前提とした「アメ」と「ムチ」は、関係をより深めていくきっかけになる。

 

インセンティブの仕組みそのものはとても重要だ。

飽きられないよう、逆選択モラルハザードを起こさないよう、設計しなければいけない。

 そうして作り上げたインセンティブの仕組みを、100%以上機能させるためには、信頼関係をつくりあげなければいけないということだ。

 

 

ちょうど今、複数の会社向けのインセンティブの仕組みをつくりながら、そんな本質論を思い返してみた。

 

 

 

平康慶浩(ひらやすよしひろ)

 

 

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