あしたの人事の話をしよう

セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役 兼 グロービス経営大学院HRM担当准教授の平康慶浩(ひらやすよしひろ)のブログです。これからの人事の仕組みについて提言したり、人事の仕組みを作る立場から見た、仕組みの乗りこなし方を書いています。

まじめな話と、雑感(よしなしごと)とがまじっているので、 カテゴリー別に読んでいただいた方が良いかもしれません。 検索エンジンから来られた方で、目当ての記事が見当たらない場合 左下の検索窓をご活用ください。

資産運用会社全体での人事のありかた

平康慶浩著作選表紙

 

 

 

組織は戦略に従うといいますが、人事もまた戦略に従います。

 では、資産運用会社における人事とはどのような戦略に基づいて運用されているのでしょう。

 

■人事の基本

 企業における人事を考える視点は、企業側の視点と従業員側の視点に分けることができます。

 企業側の視点に基づくなら、人事とは経営資源としての人材を有効活用する仕組みになります。

 また、従業員側の視点に基づくなら、企業組織の中で生計を維持するためのルールとなります。

 視点の違いは、人事要素に対する優先順位に反映されることになります。そしてその優先順位が人事にかかわる戦略の反映でもあります。このことは後ほど、戦略と人事との関係で記します。

 

 視点が変わっても、人事を構成する要素には変わりがありません。それは以下のように図示することができます。

 

【人事要素全体像】

人事要素全体像



 すべての人材は採用の後、何らかの役割を与えられ、業務を遂行します。

 業務遂行状況や実現した成果に対する評価が行われ、報酬や昇進などに反映されます。その結果新たな役割が与えられることもあります。

また教育はそれらすべてにかかわる要素です。適切な役割の付与、効率的な業務の遂行、フェアな評価、モチベーションに影響する報酬・昇進などの各レベルを高めることが教育の目的です。

忘れられがちなポイントとして、退職という要素があります。日本ではながらく終身雇用概念が一般的でした。特に企業規模が大きくなるほど、実態としても終身雇用されることが多かったわけです。終身雇用の前提においては、退職とは引退と同じ意味を持っていました。しかし今日では退職のあとの再就職も増えつつあります。ですから引退ではない退職について、やはり人事要素として念頭に置いておく必要があります。

では資産運用会社における人事とはどのようなものでしょうか。それを理解するために、まず資産運用会社の組織図を見てみましょう。

 

■資産運用会社の組織図の特徴

 一般的な資産運用会社の組織図は以下のようなものです。

資産運用会社組織図

 

 この図に示すように、機能区分による組織構造が一般的です。一部の大手資産運用会社では、さらに市場調査や商品開発の部署を持つ場合もありますが、中規模以下の会社では運用担当がそれらを兼ねることもあります。

資産運用会社における売上は、基本的には預かっている資産高に比例する手数料です。投資顧問収入と投資信託収入に区分することができますが、自らの投資に対するリターンではなく、あくまでも運用手数料が実際の売上です。

 そのため、営業・マーケティング部門の最大の役割は預かり資産残高を増やすことにあります。そのためには運用部門が高いリターンを獲得しなくてはいけません。また、業務部門による顧客へのきめ細かなサービスも重要です。

コンプライアンスの徹底は、資産運用会社の基本戦略として提示されることもある、重要な行動です。一般的な事務管理業務の正確さだけでなく、全組織における法令遵守意識の徹底などが役割として求められます。そのためにいずれの資産運用会社でも、コンプライアンス部門が確立しています。

ちなみに投資運用のリターンを高めることは顧客に選ばれるための大きな要素を占めていますが、年金情報(格付投資情報センター)の顧客満足度ランキングとの相関分析では、高い相関が出ていません(平康、2007)。

 

■資産運用会社人事の基本は「職種別」

 組織図からわかるように、資産運用会社ではそれぞれの部署で求められる業務と専門性がはっきりしています。そのため、組織を最適に運用するためには、業務に合わせた専門性を蓄積することが効率的だと判断されています。結果として、「職種別」の人事制度が運用されやすい傾向があります。

 職種別の人事制度とは、採用時点から退職時点まで同じ範囲の仕事を任せることを前提に、評価や処遇を決定する仕組みだと考えてください。

 ただしこの傾向は外資系企業で強く、伝統的日本企業では弱まります。なぜなら多くの日本企業では、新卒一括採用、終身雇用という基本原則をもとに「職種別」ではなく「総合職」型の人事制度を運用するからです。

そして今なお多くの日本系資産運用会社では、総合職型の人事制度が運用されています。その理由は、企業系列の問題が大きく影響してきます。

資産運用会社の営業部門の役割とは、預かり資産残高の維持・増大です。しかし企業系列に属する資産運用会社では、そもそもその企業系列の年金資産運用を目的として設置されている企業などもあり、営業力が大きく求められません。

運用リターンを高めるべき運用部門、顧客サービスを高める業務部門においても同様の傾向があらわれます。

その結果として、あえて今までの日本企業風土にあわない「職種型」人事制度を運用するよりは、総合職型のままでの運用がなされることになります。

また、前著にも記した、系列内の出向社員問題も大きく影響します。銀行で採用された総合職社員を、資産運用子会社に出向させたとしても、彼/彼女に適用する人事制度は変更されません。

 

職種型の人事制度を運用している資産運用会社では、総合職型の人事制度を運用している会社に比べて、専門性や成果に対する評価を厳密に運用します。そのような人事の仕組みがあるからこそ、従業員には専門性を高め、成果を高めようとする行動が促進されるわけです。

加えて、職種型の人事制度はさらに別の効果を生み出します。それは社外労働市場の活性化です。

 

■専門性と成果の評価が作り出す労働市場

人事制度における評価を厳密に運用した場合、評価が高くなったものは高い処遇を得ます。一方で、低い評価を得たものは、低い処遇を受け、場合によっては退職という選択をせざるを得なくなります。これは評価に基づくリテンション、リリースプランとして設計されますが、評価が高いものを引き留め、評価が低いものに退出してもらう、という組織の新陳代謝を促す仕組みです。

この仕組みによって資産運用会社の職種領域においては、労働市場が発達しやすくなっています。職務型の人事制度が運用されることによって、高度な専門家が育成されます。そのような人材は、短期間での成果状況で退職を余儀なくされたとしても、その専門性を求める別の会社に転職しやすくなります。

逆に総合職型の人事制度で育つ人材は労働市場における訴求力が低下するのですが、もとから終身雇用が前提であることが多いため、大きな問題を生じさせてきませんでした。また、総合職型人事制度が適用される多くの企業では、社内労働市場が存在している場合があります。ファンドマネジャーとして高い成績を上げられなかった場合でも、親会社の銀行で法人営業を担当させられる、という社内・グループ内異動が行われます。社内労働市場は終身雇用のためのセーフティネットとして機能しますが、これが従業員を守るためのものなのか、囲い込むためのものなのかは議論が分かれるところです。

 

■総合職型と職種型とで異なる処遇の仕組み

 総合職型の人事制度においては、処遇についても一律の仕組みが適用されます。

 典型的なものは、定期昇給、夏冬賞与支給ですが、近年業績賞与が配分されることも増えてきました。ただ、夏冬賞与と業績賞与との関係は会社によってさまざまなため、業績賞与の支給方法もさまざまです。会社の利益額と個人の評価結果をもとに業績賞与は決まりますが、それが夏冬賞与に加算される場合と、個別に支給される場合とにわかれます。

 一方、職種型の人事制度においては、プロフィットセンターとコストセンターのいずれに属する職種であるかによって、処遇の基本形態は異なります。

 プロフィットセンターに属する職種の場合、個別の専門性の高さと成果に応じた処遇が行われます。

 専門性は教育水準や知識、経験、実績などに裏打ちされますが、専門性そのものをデジタルに測ることはできません。そのため社外労働市場での評価をもとに判断されたり、個別の年収設定が行われます。そして定期昇給という概念が適用されないこともあります。その代わりに、成果配分の仕組みが充実しています。

成果配分においては、厳密に個人の生み出した利益をもとに配分する仕組みを作っている場合もありますが、個人ごとに設定した目標の達成状況に応じて配分する場合もあります。それぞれにメリット・デメリットがありますが、一般的には、個人別に生み出した利益額の配分方法はモラルハザード[1]を引き起こしやすいため、目標達成状況に基づく配分の仕組みを活用する例が増えています。

 プロフィットセンターに属する職種においては、役職などの階層が不要になりやすい特徴もあります。役職の存在は役割設定以上に、昇格昇給[2]のメリットが大きい仕組みとして運用されてきました。しかしプロフィットセンターで利益、あるいは目標達成度に基づく処遇が実現している場合、役職を高めることで得られる昇格昇給よりも、利益、あるいは目標の達成のための行動を志向しやすくなります。そのため無理に役職階層を増やすなどのアンバランスな仕組みをあえて設計することが減ってゆきます。

 

プロフィットセンター(営業・マーケティング、運用部門など)における処遇の特徴

【総合職型】

給与:社内等級に応じた基本+定期昇給

賞与:夏冬+業績賞与

【職種型】

給与:労働市場相場に応じた基本

賞与:個別設定

 

 一方で、コストセンターに属する職種の場合には、役職は有効に機能します。なぜならコストセンターにおける処遇の基本は、プロフィットシェアリングであることが多いためです。プロフィットシェアリングとは、会社全体が生み出した利益額をもとに、その一定割合を個別に配分する仕組みです。個人よりも全体としての成果を重視するための仕組みであるとともに、個別に生み出した成果を測定しづらい職種にも適用できる仕組みです。

 プロフィットシェアリングは、受け取る側から見た場合に、安定的な報償ではなく、一時的報償としての側面が強くなります。そのためより具体的なモチベーションの方向性が求められるようになります。それが①職務そのものの遂行、であり、②より上位への昇格、になります。評価の仕組みもこれらをもとに、職務の遂行状況をチェックするための指標に基づくもの、昇格判断に資するものとなります。

 処遇においても、昇格昇給の幅が大きく設定されます。また職務そのものの遂行状況をもとに、毎年少額での昇給を実現するようになります。

コストセンター(業務支援、管理、コンプライアンス部門など)における処遇の特徴

【総合職型】

給与:社内等級に応じた基本+定期昇給

賞与:夏冬+業績賞与

【職種型】

給与:社内等級(役職)に応じた基本+昇給

賞与:プロフィットシェア

 

■成功している資産運用会社の人事の特徴

 2007年に上梓した「ファンドマネジメントのすべて」では、資産運用会社として成果を出す人材マネジメントの特徴を8つ提示しました。この8つの特徴はそのまま「職務型」人事制度の特徴でもあります。逆の観点でいえば、「総合職」人事制度へのアンチテーゼでもあります。

 日本企業においても次第に、新卒一括採用、終身雇用、年功序列といった「総合職」人事制度は変化しつつあります。そしてその改革の方向性は「職務型」以外には見えてきていません。

 資産運用会社として成果を出す人材マネジメントの8つの特徴を、あらためて見てみましょう。

 

【人事要素全体像における、8つの特徴配分】

成果を上げる資産運用会社の人事

 

 役割要素では3つの特徴があります。

「分業体制が定着している」ということは、職種ごとに採用するための基本になります。また中途採用者の即戦力化にも役立ちます。

「職種間異動がほとんどない」ということは、専門性の蓄積に役立ちます。

「管理職層が少なくフラット型」であることによって、蓄積された専門性を発揮するプロフェッショナルが育成されやすくなります。

評価要素では、2つの特徴があります。

「賞与基準が明確に示されている」ことによって、行動するときの優先判断がはっきりします。

「毎年、社員の一定数が退職している」ということは、評価結果に応じた組織の新陳代謝が機能しているということです。

処遇要素には3つの特徴があります。

「報酬の平均水準が高い」ことで、業種・職種への採用に貢献します。また、昇格が少ないことに対する有効な対応は、報酬水準そのものをひきあげることだという分析結果もあります。

「決算賞与が多い」ことは、会社全体の業績向上に対して全員の意識を集約します。

「退職金額が高いこと」によって、退職の際に思い切りやすくなります。また、優秀者については長期勤続をうながすきっかけにもなります。

これら8つの特徴は、どれか一つだけで機能しません。報酬水準が高いだけで、退職者が少なければ、それは「ゆるい」組織を生み出します。職種間異動がなくても、管理階層が多ければ、年功の序列化をひきおこします。

もし現在「総合職」型人事制度を導入している企業で、「職務型」への転換を志向されるのであれば、必ず上記8つのすべてを導入しなくてはいけません。部分での導入は必ず制度の不整合を起こすことになるからです。

 

[1] たとえばファンドマネジャーが稼いだ金額の一定割合をインセンティブとして支給する契約の場合であっても、損失補てん責任を課すことはほとんどない。そのため、ファンドマネジャーにとってみれば、最悪の状況が解雇で済むのならば、最もリスクの高い投資行動をとりやすい、という考え方。

[2] 職位や役職が上がった場合に、通常の昇給よりも大きな幅で行われる昇給を指す。

 

sele-vari.co.jp

 

クローズコンタクトではコミュニケーションより対価が重要になる

ソーシャルディスタンスの必要性が求められる中、これまで以上に、密接な関係作りが重要視されてゆくと思っています。

ほとんどの人たちとは一定距離を持ってつきあうけれど、良く知り合っている人とは密接な距離で付き合っていくことです。

 

ただ、それはハードな側面とソフトな側面に分かれてくるでしょう。

 

重要なことは、物理的に距離をおいていたとしても、心理的に近しい距離にあることです。

密接な距離でつきあうクローズコンタクトは、心理的な距離を縮めることによって実現します。

 

企業におけるクローズコンタクトは、メンバーシップやエンゲージメントという言葉であらわされてきました。

このうち、メンバーシップはハードな側面でも密接であることを求めてきました。

 

その一方でエンゲージメントは、ソフトな側面を重視した考え方です。

たとえば経営者との距離や情報のやり取り頻度など、コミュニケーションの改善によって、企業とのソフト面での距離が縮まっていくというものです。

 

ただ、それだけがクローズコンタクトの方向ではない、と私たちは考えています。

物理学者でありベンチャー経営者でもあるサフィ・バーコールは、「ルーンショット」という著書において「イノベーションの方程式」という概念を示しています。 

 

彼はカルチャーよりもストラクチャーの方がイノベーションを引き起こすのに重要だと説き、「目の前の仕事への集中」「目の前の仕事からの報酬」「少ない組織階層と多くの同僚」などが必要だといいます(同書の中では別の言い方ですが、私たちなりに言いかえてみています)。

 

それらをさらにシンプルに示すなら「対価を明確にすること」とだと言えます。

 

もちろん対価の重要性はエンゲージメントの基準においても示されています。

ただ、エンゲージメントが語られるとき、コミュニケーションの側面が過度に強調されてきた傾向があることは否めません。

 

だからクローズコンタクトを促進するための手法として、コミュニケーションの改善と対価の明確化は同時に考えなければいけないものだと、私たちは考えています。

 

そして対価を明確にすることとは、昇格による昇給ではなく、それぞれの期間において設定したゴールを達成した際の利益配分などを明確にすることであり、評価・報酬制度の見直しに他なりません。

 

密接な関係性(クローズコンタクト)のためには、コミュニケーションによる信頼獲得と同様に、正当な報酬を分かち合うことが重要なのです。

ただこれはもちろん、払う側だけでなく、受け取る側が成果を出し続けることと併せて考えなければいけません。

 

余談

対価といえば「等価交換」か「贈与」か、が連想されたりします。

この漫画とか。 

 

この本とか。 

 

 

 

平康慶浩(ひらやすよしひろ)