あしたの人事の話をしよう

人事コンサルタント 平康慶浩(ひらやすよしひろ)のブログです。これからの人事の仕組みについて提言したり、人事の仕組みを作る立場から見た、仕組みの乗りこなし方を書いています。

まじめな話と、雑感(よしなしごと)とがまじっているので、 カテゴリー別に読んでいただいた方が良いかもしれません。 検索エンジンから来られた方で、目当ての記事が見当たらない場合 左下の検索窓をご活用ください。

原題は「上司からの評価にどう向き合うか」でした

今回の日経スタイルの連載は、書く側としては少し趣を変えてみた。

 

style.nikkei.com

 

読む側はあまり気づかれないかもしれないけれど、人事制度を設計する側としての「あたりまえ」をあらためて解きほぐしてみている。

 

実際のところ、人事制度を設計する側の「あたりまえ」は世の中のあたりまえではなかったりする。

たとえば「評価って給与額を決めるためだけにするものではない」ということは、人事コンサルタントにとってはあたりまえだ(経験だけでコンサルティングする自称コンサルタントにしてみれば???となるかもしれないけれど)。

けれども実際に評価を受ける側の人たちにとってみれば、自分の給与を決める以外の意味があるなんてなかなか気づけない。そしてそれはやはりあたりまえなのだ。

 

なぜなら、視点がそもそも違うから。

 

ピアノコンクールで審査を受ける側の人に対して、このコンクールは将来有望なピアニストを選抜するためのものだから、多少荒削りでも伸び代のある人を評価する基準で開催している、と言ったところで、「そんなことより私が受かるかどうかが大事」としか思えないということだ。

 

そういう、視点の違いを踏まえた「あたりまえ」ではないことについて、しばらく書いてみようと思う。

それは僕自身にとっての「あたりまえ」感覚を改めるためでもある。

 

 

平康慶浩(ひらやすよしひろ)

 

 

善悪の呪縛を乗り越えるには、強くなるしかない

経営者と近い位置で働くと、辛いことも多いけれど、学ぶことも多い。

そんな話を、前回と今回とで、日経スタイルに書いた。

style.nikkei.com

 

考えてみれば、今48才の僕が学生だった頃は、良い学校を出て、就職活動を頑張って大企業とかの安定した会社に入ろうとすることがあたりまえだった

最初に入った会社で辛いことがあっても、しっかりと頑張れば誰かが見ていてくれる。

人事は天命、という言葉すらあったくらいだ。

それだけ、会社というコミュニティは当然のものだった。

 

けれども今となっては、それらが幻想だったことがわかる。

会社は従業員を守るため「だけ」の器じゃないし、経営者は従業員のために「だけ」経営をしているわけじゃない。

従業員を弱者とするなら、弱者の立場ではそれらは善悪の悪になるのかもしれない。

けれども、経営とは善悪ではなく、理と情とのはざまにある。

そして、善悪の判断軸を乗り越えて、理と情を学ぶには、経営に携わるしかない。

経営を学ぶには、経営をするしかないのだ。

 

だとすれば、経営をせずに、経営者に近い位置で活躍できる働き方とは、とても有意義なものではないだろうか。

 

そしてその働き方を選ぶためには、強くならなくてはいけない。

弱いままでいる限り、善悪でしかものを考えられないからだ。

 

 

平康慶浩(ひらやすよしひろ)