労働分配率を下げる人事改革のポイント
労働分配率を人事改革の指標にする事情
弊社、セレクションアンドバリエーション株式会社は、業績改善をゴールに据えた人事改革を進めています。
その中でもたまにご依頼いただくのが「労働分配率を改善したい」という要望です。
社歴が長めだったり、オーナー経営&顧問税理士さんからの指導が強い会社に多い傾向があります。
ビジネスとしてのシステムがしっかり完成していたり、あるいは経営者目線での費用管理がされている場合ですね。
逆に新しい会社の場合には労働分配率よりもそもそもの営業利益率を意識することが多いように思います。そのための対策は、費用の適正化ではなく、収益の向上に着目することが多いのでは。
また、オーナー経営でない場合、あるいはオーナー経営でも上場している場合などは
経常利益率を意識することが多いように感じます。労働分配率にかかるそれぞれの特定の費用項目にこだわるのではなく、経費全般について着目するような感じです。
そうなってしまう事情として、たとえば前者であればビジネスがしっかりできているということ=市場の伸びがない、ということであったりします。シェアもある程度固定しているので、売上を伸ばせないから費用を適正化するしかない、ということですね。
また後者のような判断をする事情としては、労働分配率に関連するような従業員人件費以外は、ほぼオーナー家の意向で差配されるということがあります。人件費以外には口を出させない、という感じですね。
役員保険やその他もろもろの節税対策もあったりして、経常利益を議論したくない、という思惑もあります。
こう書くと経営側のワガママのための指標に見えるかもしれませんが、従業員側も労働分配率の改善を求めていた時代があります。
組合活動が活発だった1950年代から80年代くらいにかけて、日本社会全体が右肩上がりで成長する中で、企業の利益を従業員にも還元すべきだとして、労働分配率の維持・改善を求めていたこともたくさんありました。
そういう意味では、バランスの取れた指標でもあるわけです。
そんな前提を踏まえ、労働分配率をどう改善するか。
セレクションアンドバリエーションとして提示する人事改革としての方向性は割とシンプルです。
決してやってはいけないこと
まず最初に、前提を確認しておきましょう。
労働分配率とは単純に言えば人件費を付加価値で割った割合です。
人件費とはほぼ従業員給与です。福利厚生費用や教育研修費用、退職金を支払うための引当金などを含みますが、従業員に対して会社が支払うお金全般です。
付加価値とは粗い意味での営業利益です。
売上から外部に払う費用を差し引く考え方(控除法といいます)が簡単で分かりやすいと思います。
他には、経常利益額に人件費に地代家賃とかの固定経費、税金や金利、減価償却費などを足して計算する方法(加算法といいます)もあります。
どちらがよいとかはいろいろな意見がありますが、ポイントは、労働分配率を意識する会社の多くが、分母である付加価値を増やす手段をあまり持っていないという点にあります。
市場が成熟、あるいは衰退しているとか、シェアが固定されていて横ばいにしかならない、ということは多くの企業が直面している現実です。
だから分子側を何とかするしかないのですが、決してやってはいけない方法があります。
それは給与水準の引き下げです。
このままだと倒産してしまう、という状況で賃金カットをするというのならまた事情は違います。
そうではなく、たとえば係長に年収550万円(平均)払っていたけれど、これを30万円引き下げるような制度にしよう、ということを指します。
実はバブル崩壊後の人事改革では、そんな取り組みもたくさんありました。
事情としては、年功で給与が上がりすぎているから、ということではあったのですが、今どきは年功での昇給というのもゆるやかになってきています。
2022年度からはジョブ型が中堅中小企業にも広がるきざしがありますので、単純な引き下げ、というのはあまり取り組まれないとは思うのですが、気を付けなければいけません。
ではどうすべきか。
2つの方法がありますが1つ目はあまりお勧めできません。
弊社では2つ目の方法をお勧めしています。
1つ目の方法は、人件費を「薄める」こと
セレクションアンドバリエーションとしてあまりお勧めしていない1つ目の方法は、人件費を「薄める」ことです。
この方法は、実は1990年代後半から2000年代前半にかけて多くの会社で実施されました。
その結果として、あまりよろしくない社会現象を生んでしまったのですが、会社のためだけを思うのなら、アリな方法です。
薄める、というのは、従業員割合の変更を指します。
昇給幅の大きな従業員の割合を減らし、昇給幅の小さな従業員の割合を増やすことです。
そう、従業員の非正規化です。
実際に1990年頃に15%程度だった非正規従業員割合は、2020年には40%ほどに引きあがっています。
また、その内容も大きく変化しています。
かつては専業主婦がパートタイマーとして働くようなことが多かったのですが、非正規従業員としてしか働いていない人が増えています。
とはいえ企業にとって「非正規化」という方法は今後選択が難しくなります。
同一労働同一賃金が義務化されているためです。
(詳しい話は長くなるのでいろいろなサイトを検索してみてください。)
私たちがお勧めしたいのは、次に紹介する2つ目の方法です。
2つ目の方法は、活躍を「早める」採用と育成
日本企業のいわゆる正社員には、どうしても年功的な昇給の仕組みがついてきます。
年を取るとそれなりの給与を支払わなければいけなくなる、ということです。
であれば対応としてどうするか。
比較的給与が少ない若い段階でもしっかり活躍できるように育成することです。
そのために、採用時点で適性判断をしっかり行うことです。
当たり前、と思われるかもしれませんが、実は多くの会社で、新人を早期育成する仕組みを持っていません。
その原因としてOJT、On the Job Trainingと言われる、先輩による現場指導があります。
詳しくは日経スタイル2022年2月18日掲載記事に記載しますが、先輩の経験を踏まえた指導だけでは、先輩を超えない頭打ち人材を育てるだけに終始します。
まれに存在する高い資質を持った人材も、以前であればそのまま活躍してくれましたが、最近はさっさと見切りをつけて転職してしまいます。
特に早期育成による活躍が重要になるのは、大企業よりも中堅中小企業です。
なぜなら、早期育成で活躍することによる達成感、満足感こそが、非金銭的な報酬として、従業員のモチベーションとなるからです。
大企業であれば、数年にわたるような下積み期間があっても、高い給与額でモチベーションが下がらないようにできるかもしれません。
けれども中堅中小企業では、いつまでも先輩に頭を押さえつけられているのに、給与額もあまり高くない、ということになったりして、優秀な人から転職してしまうことにもなるのです。
また、そもそも資質を持った新人を採用しなければ、育成の効果も出づらくなります。
そこで見るべき資質とは、「素直でまじめ」ではなく「地頭が良くコミュニケーション力がある」ことでもありません。
自社にとって求める資質は、もっと特異なものだったりします。
たとえば営業で伸びている不動産販売系の会社なら、キャリア志向、成果志向という性格面を前提とした、レジリエンス(ストレスからの復活)力を見極めなければいけません。
学術書系の出版事業であれば、机上作業に没頭できる力であり、不明なことを自分で調べるナレッジ調査力であり、相手に敬意を示せるマナーであったりします。
そのような採用基準をしっかり持っている会社は残念ながらあまり多くはありません。
だからこそ、セレクションアンドバリエーションでは、明確な人材像の策定こそが重要だとして、人事改革の最初に徹底して検討を進めるのです。
その上で従業員の早期育成のために、学びと実践の経験学習サイクルを回してゆきます。
アクションラーニングとしての座学の整備、経験を促進する仕事と目標の割り振り。それらを支える、半径3メートルで働く人たちからのコミュニケーション支援。
それらを総合的に設計することこそが2つ目の「早める」人事改革です。
給与を増減させる単純な評価の仕組みよりも、そんな仕組みの方が「労働分配率」を改善してくれると思いませんか?
ジョブ型になると根本から変わる可能性も
これらの考え方は、これからジョブ型人事制度が広がると、また少し変わるかも知れません。
ジョブ型でも昇給はありますが、今よりも年功色は弱まることが多いからです。
ただ、それは決して後ろ向きな変化ではなく、今まで以上に活躍する若手にとってやりがいと報酬額のバランスが取れる状態への変化です。
また、年令を問わず活躍し続ける人に対して、敬意と実利を示せる変革でもあります。
と、先日久しぶりに「労働分配率」を意識した変革をご依頼いただいたので、同じような変革を考えている皆様の参考となればと思い、まとめてみました。
経営を改善する人事相談も受け付けていますので、よろしければ下の方からお申込みください。
平康慶浩
タレントマネジメントシステムには新しい評価報酬制度が必要
タレントマネジメントってなに?
タレントマネジメントを支援するHR-TECHシステムが普及しています。
「うちも●●●●を導入しました。これからはタレントマネジメントですね」
という声をクライアントからよく聞くようになりました。
タレントパレット、カオナビ、CYDAS、HRBrainなどが有名ですね。
ただ会社によっては、「タレマネって言いたいだけちゃうんか」と吉野家コピペ的に突っ込みたくなる場合もあります。
そこでふわふわしたタレントマネジメントをしっかり根付かせるためのポイントを書いてみようと思いました。
今回は、評価報酬制度との関係です。
時々追記して修正していきます。
- タレントマネジメントってなに?
- タレントマネジメントシステムは可視化を助けてくれる
- 可視化の準備がなかなか大変
- タレントは配置して初めて活躍できる
- 今の評価・報酬制度はタレントマネジメントに耐えられるか
- 可視化の先の活躍のためのフェアな評価と報酬
タレントマネジメントという言葉自体は30年くらい前から登場していますが、考え方としては昔から言われているように、優秀な人を見つけて育てて活躍して成果を出してもらう一連の意思決定のことがタレントマネジメントです。
図にするとこんな感じ。
タレントマネジメントの目的は、成果を出してもらうことです。
タレントマネジメントシステムは可視化を助けてくれる
タレントマネジメントシステムを標榜するHR-TECHシステムはこの要素の中の「可視化」に効いてきます。
社員が多くなってくると、どこにどんな人がいるのかがわからなくなるからです。
だから過去の成果やそれに伴う評価結果などをデータベース化して、タレントと言える人のスクリーニングをできるようにしています。
抽出条件設定は自分でしなければいけませんが、最近のシステムはそこからもう一歩進んで、成果を出す人の特徴を抽出できるような支援をしている場合もあります。
AI活用、と言われる部分ですが、機械学習の段階にまで到達できているシステムはあまりないようです。そもそも機械学習のためには各種行動や評価などと成果を紐付けた教師データが必要なので、その仮置きをしなければいけません。
しかし定量的な成果データに置き換えられている人事制度はあまりありません。
そのため、タレント抽出の前提として重回帰分析や因子分析、クラスター分析などで、教師データとなるタレント仮説を設定する必要があります。
そこまでやってくれるシステムがあるとすごいんですが、私の知っている限りではまだ存在していないようです。
その作業自体はシンプルな多変量解析なので、正規化したデータをcsvで吐き出して統計ツールでゴリゴリ分析できる人なら、それほど時間をかけずに作業ができます。
問題はそこまでできる人なら、その先のタレント仮説の設定まで自分でできてしまうので、システムに頼らなくても大丈夫、ということになってしまいます。
まあ、こういった状態は技術の発展段階につきものなので、あと5年くらいのうちにはそこまでやってくれるタレントマネジメントシステムが登場する気もしています。
以前相談を受けた汐留あたりのHR-TECH系某ベンチャーでは、指標を選びさえすれば、データの正規化と解析のところはやってくれる段階まできていたので、上記のロジックがわかっている人事データ分析のプロが参画すれば、割と早めに到達できるかもしれません。
可視化の準備がなかなか大変
実務的にタレントマネジメントシステムを活用するための最初のハードルは、データそのものの問題です。
人材を可視化するためには、採用時点や育成時点、活躍時点のそれぞれでどんなことをしたのか、どんな結果を出したのか、ということがわからなければいけません。
例えば採用時点でいえば、履歴書や職務経歴書に書かれているようなデータです。
育成時点は、学んだことそのものや、研修の際の評価などです。
活躍時点は、生み出した成果がメインですが、どんな人と一緒に働いていたのか、それらの人にどう思われていたのか、なども重要な要素として考えられます。
第一の問題は、これらのデータをきっちり保管している会社がほとんどない、ということです。
あったとしてもサイズの違う紙媒体で、一つ一つ手作業で入力しなければいけません。
だから多くの会社では、タレントマネジメントシステムを導入した時点からデータの入力を始めています。
経営層としては、それなりの金額を払っているのに「いつになったらタレントが可視化されて、抜擢ができるようになるんだ」と怒りそうなものですが、データが入っていないシステムに質問をしても答えてくれるわけではありません。
第二の問題は、それらがそろったとして、分析できる状態にするための手間がとても大きいということです。また、そもそもどんな風にすれば分析できるようになるのかもわからなかったりします。
本質的にはこちらの方が大きな問題でして、システム担当ではなく、統計処理がわかっている人をプロジェクトに入れないとなにをどうすればよいかもわかりません。可能なら、実務として定性データをもとにした統計処理で修羅場を見た人なんかがいいんですが、それこそそういった経歴が可視化されていないので、どこにいるかすらわからないことが大半です。
第二の問題をもう少し具体的に言うと、たとえば学歴をどう分析対象とするか、という問題などです。
学士、修士、博士、といった区分でよいのか、入学偏差値で区分するべきか、研究力についての大学ランキングで区分すべきか、などなど。
そんなことを検討していると、そもそも自社の社員たちを学歴で分類してみて、活躍している人材の特徴を分析して定義すべきではないか、というような卵と鶏どっちが先やねん的意見が出てきたりします。
結果として、分析のためにとにかくデータを正規化してりゃいい、ということで、学歴フラグ:四年制大卒未満=1、四年制大卒=2、修士卒=3、博士卒=4、ということにして、別途大学ランク区分を入れることを検討したりします。ちなみに大学ランク区分を本当に管理し始めたら、ものすごくバッシングされそうで怖いですね。内定辞退率データを売った会社への行政指導なんかを思い出します。
で、ここまでやっている会社がどれくらいあるか、それほど多くはなさそうです。
まあ私も、知っていても言うわけにはいかなかったりしますが。
タレントは配置して初めて活躍できる
さて、タレントマネジメントの目的は活躍して成果を出してもらうことなんですが、せっかくタレントを可視化したとしても、その先の準備をしていない会社が多いようです。
図1をあらためて見ていただくとわかりますが、人材を可視化した後は、その人を適切な部署に配置しなければいけません。
たとえば潜在的なマネジメント力が高い可能性がある若手営業社員を見つけたとして、そのまま営業をさせていたのでは、活躍できないからです。
で、何をすべきかというと、ちゃんとした権限を与えて、ストレッチした責任を負わせなければいけないのです。
人という生き物は、責任が軽すぎると怠けだすし、重すぎると過度のストレスに感じたりします。
また押し付けられただけの責任だと、自分事にはしません。
自分事にさせるためには、評価・報酬との紐付けが必要です。
その上で、特に抜擢された人は周囲の妬みや嫉妬を買うことになるので、失敗したとしても許容される前提を用意しなければいけません。
先ほどの若手営業社員の例でいえば、抜擢して課長に登用し課長としての給与を支払う一方、結果にコミットするモチベーションを求め、チャレンジさせなければいけないわけです。
今の評価・報酬制度はタレントマネジメントに耐えられるか
優秀人材の抜擢とか、埋もれた人材の発掘、とかいうとき、忘れられているのが、評価と報酬の問題です。
抜擢されるような埋もれた人材というのは、たいてい冷や飯を食っています。
良くても普通程度の評価しか受けていなくて、会社の中でも標準的な報酬を受け取るにとどまっています。
そういった人に新しい役割を与えサポートするとき、
「でも給与はそのままね」
「失敗したら君の責任ね」
「仮に成功したらS評価をつけるから頑張って(B評価に比べて昇給額が1万円多くて、賞与が30万円多い程度)」
ということを一緒に告げたとしたら、モチベーションを高めてくれるでしょうか。
しかし多くの会社の人事制度は、昇給や昇格に緩やかな階段しか設けていません。
その背景には、新卒採用から退職まで(時に退職後まで)続く年次管理と、中途採用者よりも新卒者を優遇する年功管理があります。
年次管理や年功管理が当たり前の組織では、仮に高い能力を期待されたり、成果を出したりしても、その階段を少し早く上るようになるだけです。
それは給与でせいぜい数万円の違いであり、賞与も多くても200万円までの違いでしょう。
それではせっかく発掘したタレントが活躍できません。
可視化の先の活躍のためのフェアな評価と報酬
では年次や年功管理が当たり前の会社は、どう変わればよいのでしょう。
最近増えつつある成功例ではいわゆる「ジョブ型雇用」の考えを取り入れています。
ジョブ型雇用というと、新卒一括採用からの脱却だとか、そもそも日本の労働市場が変化しない限り難しいという意見もあります。
ただ、大事なことは、年次・年功管理では優秀な人材の早期活躍を実現しづらいので、代替されるような人事インフラを志向することです。
だから全般的な雇用形態変更などではなく、まずはポスト管理的な発想の導入からでもかまいません。
これまで年次・年功で管理してきていた会社にいきなりジョブ型雇用といってもあぶれる人がたくさん出てしまうので、それぞれに期待する職務をはっきりさせることから初める会社も多いのです。
大事なことは会社の中に「これからは責任に応じた処遇に変わる」という意識を広めることです。
そうすることで、抜擢した成功者に対して、妬みではなく羨望が生まれます。
特に若い人たちの間に「自分も活躍したい」という思いが芽生え始めることになるのです。
また、高齢層においても、遅咲きや逆転出世を目指す人が出てきてもおかしくありません。
チャレンジングな社風、ストレッチする社風は、責任に応じた処遇によって生まれやすくなります。
タレントマネジメントシステムを導入された会社の皆さんは、責任・権限の与え方とともに、ぜひ評価・報酬制度のあり方についても考えてみてください。
平康慶浩(ひらやすよしひろ)
平康が経営している人事コンサルティングファーム、セレクションアンドバリエーションのホームページはこちら。