昇進面接で面接官は何をチェックしているか
~組織における人事評価と昇進のルール
◆昇進面接で面接官は何をチェックしているか
私自身が担当している昇進面接の例を話してみよう。
面接に際して、面接官の手元には過去の人事評価履歴、小論文、昇進テストの結果などが並ぶ。それらをもとに、1人あたり20~30分程度の面接を行う。面接官が1人だけということはほとんどなく、2人から3人で同時に面接を行う。もちろんそれは複数の視点でチェックするためと、不正をなくすためだ。
私の場合、面接時に特に気をつけていることがある。
候補者が口にする「思い」を信用しない、ということだ。
何しろ相手は課長や部長、役員に昇進する候補となる優秀な人々だ。
普段は多くの部下を従え、コミュニケーションも優れているし、素晴らしい実績も持っている。だからこそ昇進面接官の前に座るわけだ。彼らに対して、「もしあなたが昇進したあとで何をするか、抱負を聞かせてください」とか、「自分の長所と短所を簡単に教えてください」なんて聞いてみても、非の打ちどころのない素晴らしい答えが返ってくるだけだ。
では、どうやって昇進審査をしているのか。
あなたが私の前に座らないことを祈りつつ、ネタばらしをしてみよう。
私が昇進面接の現場で、必ずたずねる問いがある。
「あなたの自慢話をしてください」
そう尋ねると、99%以上の人が、「いや、特に自慢することはないんですが……」と言いつつも何かを話しはじめる。アイスブレイクとしての質問だと思う人もいるのだろう。
目の前にどんな困難があったのか。
困難に立ちはだかられたときにどう思ったのか。
何をどうしてその困難を乗り越えたのか。
それらを控えめに、かつ有能感にあふれた形で話す姿はたしかに昇進候補者としてふさわしいものだ。それらを聞きながら、面接官としての私はメモを取る。
そして次の問いを投げかける。
「なるほど。ではその時〇〇という行動をとったのはなぜですか?」
「その行動をもう少し具体的に教えてください。どんな順序で何をしましたか?」
「行動のあと、さらに何かする必要が生じたと思うのですが、何をしましたか?」
◆「思い」ではなく「行動」に能力は表れる
実は、最初の問いはアイスブレイクでもなんでもない。いきなり本質的な質問をしているのだ。あなたが何をしてきた人なのかを教えてください。そう尋ねているのだ。
思いを聞く気はない。行動だけを聞きたいのだ。
困難を困難と把握するために何をしたのか。
困難を乗り越えるために何から始めたのか。
どんな順序で何をしてきたのか。
その行動から、昇進候補者にリーダーシップがあるのか、チームワークを保てるのか、責任をとれるのか、成長のための自発的活動ができるのか、という判断基準の裏付けを探していく。
裏付けがとれる行動を聞けなければ、さらにどんどん質問をする。
職務経歴書を見ながら、「この時何をしましたか」とたずねる。
目標管理シートの結果を見ながら、「この目標を達成するために部下にどんな指導をしましたか。具体的にどんなことを言いましたか」と聞く。
小論文の内容を踏まえながら、「この小論文を書いたのはいつで、それはどんなシチュエーションでしたか」と、内容ではなく、書くためにとった行動をたずねることもある。
なぜそんな質問をするかといえば、とった行動に嘘はつきづらいからだ。
何を考えたのか、という質問には簡単に嘘で答えることができる。こんな答えが望まれているのだろう、ということがわかるからだ。
でも、行動の正解はわかりづらい。
本当にそうしていないのであれば、想像で一つ正解を答えられたとしても、次には間違ったことを想像して話してしまう。本当に経験した行動しか、筋道立てて話せないものなのだ。
◆なぜクレーム客に直接足を運んだ課長を昇進させなかったのか
例えば、こんな昇進候補者の答えを聞いたことがある(もちろん詳細は省く)。
「自慢、というほどではありませんが、常に顧客満足を高めることを意識してきました」
「具体的には?(顧客満足を高めるための行動が聞けるだろうか?)」
「理不尽なクレームをおっしゃるお客様がいました。担当者では対応しきれなくなったので、私が直接出向きました。そして、当社としてできる範囲の中で、私個人の裁量で誠意をもって対応し、満足してお帰りいただきました」
私はこの人を落とした。私と一緒に答えを聞いていたもう一人の面接官も同様だ。基本的に面接官同士は採点前の意見交換はしないが、採点後の評価基準すりあわせは行う。面接は一日では終わらないことが多いからだ。そのすりあわせで、もう一人の面接官と私の見解は同じだった。
もしこの人が主任や係長への昇進候補者だったら通しただろう。あるいは課長昇進候補者でも、通したかもしれない。
でも、この人は部長昇進候補者だったのだ。
私が下した判断は【顧客満足を“高所から”実現する行動がみられない】【部下に対してクレーム対応を指導する行動がみられない】というものだった。
彼は、私たちにどう答えるべきだったのだろうか。そもそも、部長候補になるレベルの人が、昇進面接の場で、一顧客への対応を答えたこと自体が間違っている。それは、部長手前の役職に就いているにもかかわらず、部下を育てることができていない、と証明しているようなものだからだ。
ちなみにこの部長候補者は、直近3年ほどの人事評価の結果が素晴らしく高かった。そして、私たちが落としたとき、人事部門からあらためて確認すらあった。
「○○さんが落とされるなんてありえない、と現在の部長がクレームをつけているんですが……」
私は答えた。
「その部長にアセスメントをしたほうがいいですね。あるいは、これは想像でしかありませんが、その部長はマネジメントの仕事をしていないんじゃありませんか? アセッサーの私たちに確認するのもいんですが、その部長の部下たちに、三六〇度評価的なヒアリングをしてみてはいかがでしょう」
結果として、その部長が更迭された、ということはなかった。ただ、彼が(私たちが落とした)部長候補者を高く評価していた理由は判明した。その部署はどちらかと言えば閑職で、優秀な人材があまり回ってきていなかった。だから部長は、とにかく頑張ってくれている人を高く評価していたのだ。そして自分が定年するまでに、頑張ってくれている彼を部長に就けてあげたかったのだ。
そんな気のまわし方は不要だった。閑職であれ部長ポストに昇進したい人は、他の部署にいくらでもいたからだ。それに自部署を閑職にしてしまっていたのは、ほかでもないその部長自身のマネジメント力不足だったのだから。
やがて部長は年齢通りに退職し、私が落とした部長候補者は別の部署に異動した。私は今でもその会社で部長昇任アセスメントを担当しているが、その人はいまだに面接候補に挙がってくることはない。彼を成長させるためにアセスメント結果のフィードバックもしたはずなのだが、もしかすると彼は、大所高所からビジネスをマネジメントするより、直接顧客対応をしたい人なのかもしれない。それはそれで、悪い選択肢ではない。
経営者は従業員経験をつくる人になってゆく
エンプロイー・エクスペリエンス、という言葉があります。
EEと略すこの言葉は、従業員に経験を積ませることでいち早く成長させることができる、という人材育成の考え方です。
多くの人事関連有識者が示すように、これからの人材マネジメントの主流になっていくと思われます。
このEEですが、じゃあ誰が経験を提供していくのでしょう。
人事部?
もちろん制度と運用プロセスは設計しなければいけません。
上司?
部下に直接経験を積ませるのはもちろん上司です。だからこそ上司によるタイムリーな支援や軌道修正は重要になります。
しかしより本質的なEEの設計者は、経営者に他なりません。
ただしそれは、これまでの経営者のあり方を大きく超えたものになるのも事実です。
経営者の役割とは、原則として企業価値の最大化です。
そのためにビジネスモデルを作り上げ、それを回していくことが求められます。
この時、従業員に対してはビジネスモデルを回すための歯車であることを求めます。
自発性などを求める場合もありますが、それは現場での顧客対応を迅速化するためか、陳腐化しつつあるビジネスモデルを改善するために求めることがほとんどです。うまく回っているビジネスモデルにおいて、余計な創意工夫は邪魔でしかありません。
だから従順にビジネスプロセスを運用してくれる人材を採用し、習熟させ、生活を安定させる選択肢をとります。
これは伝統的日本企業に限らず、多くの成功した企業の原則的な人材マネジメントモデルです。
しかし働く意味の拡大が、エンゲージメントマネジメントの成熟を超えて進もうとしています。
言い換えるなら、どれだけ自社で働くことを魅力的に見せようとしても、出産や子育てなどのライフイベントを重視したい人の一時的離職を押しとどめることができないようなものです。
エンゲージメントを高めていれば、休職を経ても戻ってくる、と思うかもしれません。
しかしそこに用意されているキャリアが、階段を少し遅れて進む道でしかなかったとしたら、戻ってくるインセンティブは小さくなってしまう場合もあります。
そんな時、魅力的に映る他社への転職を選ばれてしまったとしても、決して従業員を責めることはできません。
大事なことは、経営者が、従業員にどんな経験を積むキャリアを想像できるかです。
そのキャリアは新卒から始まる連続的なものではなく、むしろ自分で選択可能なイベントのようなものです。
仮に入社2年目で「なんとなく」辞めた従業員が5年後に戻りたいといってきたとき、入社2年目までキャリアを戻すのではなく、今できる役割を見極めて与えられるかどうかです。
中途採用をする際に、新卒●●年目と同様の報酬を用意するのではなく、今生み出す価値に対しての対価を支払えるかどうかです。
そのような仕組みを作っていくために必要なことは、経営者が常にビジネスモデルのブラッシュアップを考え続けることです。
今うまく回っているビジネスも、数年後にダメになるかも知れない、という前提で、歯車になっている一人一人に、歯車ではない役割を与え続けることです。
従業員に経験を与え続ける人材マネジメントは、経営者の事業戦略と密接につながってゆく、あらたな人事戦略に他ならないのです。
平康慶浩(ひらやすよしひろ)
当記事はセレクションアンドバリエーションのメルマガとして送った内容を、1週間遅れで掲載しているものです。
メルマガへの登録はこちらから。