宗教と人事制度の相性が意外に良いことに気付いた
まず最初に、僕は無宗教だ。
日本に住むほとんどの人と同様に、正月には神社に初もうでに行く。
えべっさん(これは関西限定か)で宝船をもらう。
お盆にはお墓参りをするし、12月にはクリスマスを祝う。
暮れには除夜の鐘にしみじみとものを思う。
友達や部下の結婚式に呼ばれれば、神式でもキリスト教式でも人前式でもなんでも顔を出す。
葬式のときには数珠を持って焼香をする。
そんな僕が、宗教色の強い、とある企業(A社)の人事制度をつくることになった。
宗教団体そのものではないけれど、社長をはじめとする経営幹部のみなさんは全員その宗教の信者だ。
もちろん彼らは僕に布教するわけではないし、従業員に対して入信を勧めているわけでもない。
人事制度はビジネスのロジックで構築するものなので、信教がそこに影響してくるわけでもない。
従業員の行動をチャレンジングで生産性の高いものにするために、どのような評価の仕組みをつくり、報酬体系をつくり、教育すべきか、ということをミーティングで詰めていく。
正直、とまどいはあったけれど、気にはしなかった。
僕は新しいクライアントで人事制度をつくるとき、経営陣に対して必ず問いかける質問がある。
「『あなたと働きたい』、と思える人はどういう人ですか」
この質問に対する答を掘り下げていくことで、実はその会社にとっての「あるべき人材像」がわかってくる。
とあるベンチャー企業でこの質問をした時の答は
「とにかく前向きで失敗を恐れない人」
というものだった。
答をいただくと、僕はそこにさらに質問を重ねていく。
じゃあ、前向きな活動の結果失敗したら、どういう処遇を与えますか。
前向きではあるけれど、スキルが足りない人に対してはどうしますか。
実際に今、働いている人たちの中で、その条件を満たしている人はどれくらいいますか。
もしかすると、本当はそういう人よりも、「言われたことをきっちりこなす人」の方を高く処遇していたりしませんか。
この質問の結果わかってくるのは「会社を引っ張っていく人材」と「会社を確実に運営していく人材」の違いだったりする。
企業が求めるあるべき人材像、というのは実は一種類ではないからだ。
全員がピッチャーで四番打者という人材ではチームにはならない。
「前向きで失敗を恐れない人」ばかりの組織は、おそらく簡単に崩壊する。
後ろ向きな人も必要な場面があるし、失敗を極端に恐れる人が求められる場面だってある。
チームとして、組織として高い成果を出すためには、多様な人材が必ず必要になる。
しかしそこからさらに質問を深めていく。
そうすると、多様性の中にも通すべき筋が見えてくる。
なるほど、後ろ向きの人材が必要な場面もあるかもしれない。
失敗を恐れる必要があるかもしれない。
でもやはり、この組織では「失敗を恐れない」「常に前向きである」ことが必要だ、ということがわかっていく。
失敗を恐れる必要があるのなら、そういう人材は社外に求めよう。コンサルタントや会計士、弁護士にチェックしてもらう機能を作ればいい。
後ろ向きになるべき場面があるかもしれないが、それでもやはり前向きでいよう。その結果失敗したとしても、それは受け入れよう。
そんな議論が深まっていくことで、本当のあるべき人材像がクリアになる。
A社でもそんな議論を深めていった。
そうして出てきたあるべき人材像とは
「一緒に働いている人たちに尊敬される人」
「お客様、他の従業員たちを思いやれる人」
という答えになっていった。
もちろん僕は問いかける。
尊敬されていて、思いやれる人でも、仕事ができなければどうしますか。
思いやることを優先して、売上や利益が低迷したらどうしますか。
そうして、この会社のあるべき人材像は、以下のようなものになった(そのものではなく、少々アレンジして示す)。
・反省できる人
・成長を目指せる人
・思いやりがある人
・知恵がある人
この4つの条件が満たされていれば、売上や利益も高めていけるはずだ。お客様に選ばれる企業になっていけるはずだ。そういう結論になっていった。
これらの条件は、たとえば松下幸之助さんの言葉や、稲森和夫さんの言葉にも数多く出てくるものだ。だからとてもしっくりくる。
もちろん評価制度を作る際には、これらを単純に評価指標にするのではない。
たとえば「思いやり」をチェックするためには多面評価で確認したりする。
「知恵」を評価するためにテストやアセスメントを実施したりする。
そういうテクニックを発揮するのはこちらの仕事なので、じゃあ具体的作業を進めよう、としたとき、幹部の一人がふとつぶやいたのだ。
「これって、うちの宗教理念そのものですよね」
そういって、その宗教団体の理念を教えてくれた。
なるほど、と思った。
彼らはどちらかといえば、自分たちが信じている宗教を、企業経営に押し出すのはまずい、と考えていた。だからその理念を最初から示してくることはなかった。
でもやはり、幹部たちが信じている教義は、そのまま経営にも反映される。
幹部たちが信じている理念は、そのまま人事に直結してくる、ということだ。
考えてみれば、成長している企業の中には、まるで宗教団体のように強固な理念を持っている組織も多い。
だから、宗教色の強い組織であることは、人事制度構築に際して、重要な指針となるのだ。
最も大事なことは、経営層が同じ理念を持っている、ということだ。
同じ理念に基づき考え、行動し、仲間を集めていく。
そういう組織はとても強い。そして成長できる。
人事制度は、組織を強く成長させるための選別の仕組みとなり、選別した中でさらに多様性を促す仕組みとならなければいけない。
そんなことを改めて実感させてくれた。
やはりコンサルタントは、クライアントとともに成長する。
平康慶浩(ひらやすよしひろ)
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