あしたの人事の話をしよう

セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役 兼 グロービス経営大学院HRM担当准教授の平康慶浩(ひらやすよしひろ)のブログです。これからの人事の仕組みについて提言したり、人事の仕組みを作る立場から見た、仕組みの乗りこなし方を書いています。

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「優秀に見えないのに出世した人」に学ぶ出世術

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卒業基準と入学基準

 

 

 

「出世の判断基準」と「働き方の変化」

 今、私たちの働き方が大きく変化しつつあります。

 そう遠くない将来、AI(人工知能)の発展によって人間の仕事がなくなっていく、とも言われています。

 確かに2000年以降、IT技術の進歩やライフスタイルの変化など、働き方に影響する多くの要素が変わってきています。

 

 実は、私たちの働き方の変化は、比較的身近にあるサラリーマン社会の「出世」の理屈をひもとけばわかりやすいのです。

 例えば、全然優秀に見えないのに出世する人がいます。

 逆に、とても優秀そうな人なのに万年係長のままで出世できない人がいます。

 この両者の差は、「出世の判断基準」の違いによるものなのです。

 

 「出世の判断基準」と「働き方の変化」は密接につながっています。

 その関係を理解し、これからの私たちの働き方を考えてみましょう。

 

 

職場の「半径数メートル以内の視点」

 私たちが職場で誰かの仕事ぶりを見る時、自分を中心とした半径数メートルぐらいにいる人たちを見ることが多いのではないでしょうか。

 事務作業であれば、机を並べて同じ「島」にいる人や後ろの「島」の人たち。

 サービス業なら同じ店舗の中にいる人たち。

 製造業なら同じラインの人たち。

 建設業なら同じプロジェクトの人たち。

 また、物理的には数メートル以上離れているでしょうが、会社の行事などで集まった時に身近な距離にいる人たち。

 

 そんな人たちの仕事ぶりを見て、私たちは「あの人は優秀そう」「あの人はイマイチ」といった評価を下します。

 上司については、仕事が出来て当たり前だから、その「出来て当たり前の仕事」と実際の上司の仕事ぶりを比べて、「優秀」「イマイチ」といった評価をしたりします。

 結果として、「うちの課長は仕事がデキないのになんで課長なんだろう。

 それよりは主任の〇〇さんの方がずっと優秀なのに……」というような評価が生まれることがあります。

 そして、「優秀な〇〇さんがいつまでも主任止まりなのはおかしい」といった風に感じるわけです。

 ところが、○○さんは昇進するどころか、〇〇さんよりも優秀じゃないと思われていた△△さんが先に係長になり、さらには課長に昇進したりするケースがあるのです。

 

「なぜ〇〇さんよりも優秀じゃない△△さんが出世するんだろう?」。

 

 そう考えるのは不思議なことではありません。

 しかし、それは彼らの仕事ぶりを「半径数メートル以内の視点」で見ているからなのです。

 

「優秀な人」という誤解

 実は、職場の「身近な人」に対する評価は、その人の出世とはあまり関係しません。

 言い換えるなら、「身近な人の優秀さ≒日々の仕事の出来栄え」と出世とは、あまり関係しないのです。

 このことは昔から、そして国や社会が変わっても普遍的な事実です。

 

 私は人事コンサルタントという仕事をしています。

 簡単にいえば、会社の給与の仕組み、勤務評価の仕組みを設計しています。

 その時にこの“出世の仕組み”も作り上げるのですが、そこにあるのは、管理職とそうでない社員の役割による違いです。

 

 例えば、事務職で働いていると、書類作成や計算事務などが正確で早い人は、誰もよりも早く主任になるチャンスが得られます。

 それは、今担当している仕事で優秀な行動をとっているから早く出世する、ということです。

 この時に用いられる判断基準を、人事の世界では「卒業基準」といいます。

 今求められている仕事の基準を“卒業”したから次に行けるということです。

 

 しかし、出世が頭打ちになる人というのは、「卒業はできても入学ができない人」なのです。

 

 自分で作業をする時はいつも正確で早い人がいます。

 けれども、その人に「仕事のやり方を同僚に教えてあげてください」とお願いしたら、「そんなの自分で覚えるべきでしょう」「そんな暇はありません」「できない人が悪いんです」といった否定的な言葉を返ってきたとします。

 もしあなたが社長なら、そんな人を課長にしたりするでしょうか?

 

 出世を決める際に用いられる判断基準を「入学基準」と言います。入学基準は特に重要な出世のタイミングで活用されます。

 まず最初に使われるのは、採用試験です。

 この会社にふさわしい人材かどうかを判断する時に入学基準が使われます。

 

 次は管理職になる時。

 自分だけではなく、チームのための活動ができ、人の育成ができるかどうかが重視されます。

 会社によっては、財務やマーケティング、人事などの知識も求められるでしょう。

 

 その後、役員になる時にも入学基準によってその可否が判断されます。

 

 だから会社の中で出世しようと思うのなら、今、目の前の仕事を卒業しようと努力するよりも、上の役職への入学を意識した行動をとらなくてはいけないのです。

 

 一方で、上の役職への入学を意識している“優秀な人”を見極められる同僚は周囲には少ないもの。

 だから、見極められない人には「優秀じゃない人が出世した」と見える場合があるのです。

 しかしそれは、半径数メートル以内の人たちには優秀に見えないだけであって、社長や経営幹部が「入学基準」で判断すれば十分に「優秀な人」なのです。

 

入学基準を満たすために必要な行動

 では、どのような行動をとれば、「入学基準」で認められるようになるのでしょうか。本質的に準備すべき行動は次の三つです。

 

 一つ目は、「視点を高く持つ」ことです。

 例えば、今の自分の仕事が経理だとして、経理の専門スキルを高めよう、と考えるのが現在の視点です。

 ここからさらに視点を高くするということは、経理とはそもそもどんな役割を担っているのか、何のために行っている仕事なのか、ということを考えるようにする、ということです。

 営業であれば、自分自身が一生懸命頑張って目先の売り上げを伸ばすことが現在の視点です。

 高い視点に立てば、人と人とを引き合わせてつなぎ、その人脈によって長期的に安定した売り上げを会社にもたらすことが営業の仕事だとわかるはずです。

 言いかえれば、現状に満足してしまわないようにする、ということでもあります。

 

二ツ目は「本質から考える癖をつける」ことです。

 視点を高く持つようになれば、やがて仕事の本質を考える癖がつくようになっていくはずです。

 先ほどの経理の例で言うと、会社に経理機能がある理由は何か、ということを考えるようにすることです。

 家族経営の会社であれば経理とは出納の管理ですが、上場企業であれば、株主への説明資料を作成するのが目的かもしれません。

 本質を考えるようになると、答えが一つではない、ということもわかってきます。

 今いる環境や周囲の状況によって正解は変わってきます。

 迷いながらで探し出した経理の本質は、「過去の可視化」ということかもしれません。そんな風に考える癖をつけていくことが大事なのです。

 

三つ目は「すべての人とのつながりに価値を見いだす」ことです。

 本質を理解していけば、本質を実現するためには多くの人との関わりが必要であることがわかります。

 付き合う人を「今の自分にとって役に立つかどうか」で選んでしまうことは、自らチャンスを捨ててしまっているようなものです。

 偶然の出会いですら大事にしていくこと。

 過去のつながりや現在のつながり、新しいつながりの全てに意味があると考えること。

 それらがこれからの「入学」に必要な機会を与えてくれるのです。

 

「仕事に人をあてがう」傾向

 私たちがこれからのビジネス社会を生き残るためには、この「入学基準」を今まで以上に意識しなくてはいけません。

 「いや、私は出世したいと思っていないから、入学基準なんて要らない」と思っている人でも、そうはいかなくなりつつあるのです。

 

 その理由は二つあります。

 

 一つめの理由は、多くの会社で「仕事に人をあてがう」傾向が強まっていることです。

 これまでの会社の中での仕事の割り振り方は、「人を見て任せる」つまり「人に仕事をあてがう」ことが多かったのです。

 仕事が出来そうな人にはどんどん新しい仕事を任せていく。

 あるいは、あまり出来そうでなくても、やっているうちに慣れるだろう。

 そう考えて配属先が決められていました。

 

 しかし、近年の傾向は、「人に仕事をあてがう」のではなく、「仕事に人をあてがう」ようになりつつあります。

 それは言い換えると「その仕事のスキルがある人に任せる」ということです。

 

 例えば、転職を考える場合に、経理の勉強をしたことのない人が会計事務所に就職したいとは思わないでしょう。

 プログラミングの経験がないまま情報システムの会社に就職することもおそらくないでしょう。

 

「未経験者歓迎」の会社ならともかく、普通の会社が中途採用を募る場合、経験者のみを採用します。

 そういった中途採用と同じような判断基準が、社内の人事異動の判断でも使われるようになりつつあります。

 会社とすれば、もし社内に適任者がいなければ、外部から中途採用すればいいのです。

 

 このことは言い換えると、今の仕事でただずっと頑張っているだけでは、新しい仕事を覚えるチャンスももらえないし、出世もできなくなる、ということです。

 

次に求められる仕事を考える

 二つ目の理由は、今後、仕事の中身が大きく変化していくからです。

 英オックスフォード大学で2013年に発表された論文によると、AIなどの技術革新によって、20年後には今私たちが担当している仕事の50%がなくなるそうです。

 仮に残る仕事であっても、今とはずいぶんと進め方が変わります。

 

 いつの時代にも存在する「営業」という仕事ですが、昔は電話でアポイントをとり、時には接待で酒を酌み交わしながら人間関係を作って、取引を成立させることが多かったようです。

 しかし今では、ウェブサイトから顧客に発注してもらえば済むようにして、営業職をなくしてしまった会社さえあります。

 

 あらゆる仕事は効率化、高度化されていきます。

 効率化の果てには仕事がなくなるということが待っていますし、高度化されれば、それに備えて勉強をしていた人だけが生き残れるということでもあります。

 

 会社の中の出世基準は「卒業」から「入学」に変わります。

 私たちもやがて「今の仕事がただ優秀なだけの人は要らない」と言われてしまうかもしれません。

 だからこそ、次にどのような仕事が求められるかを考え、そこに「入学」できるような準備をしなければいけないのです。

 

 

読売新聞(YOMIURI ONLINE)掲載記事より

なぜ経営幹部がいつも不足するのか

経営幹部不足

なぜ経営幹部がいつも不足するのか

 

■    十分な経営幹部がいる企業はほとんどない

 企業同士の競争に勝つためには、優秀な経営幹部が必要です。

 もちろん、資金力や商品力も重要なのですが、結局のところ、最後には人が動かないと何も始まりません。

どれだけ素晴らしい戦略を立てたとしても、従業員がその通りに動いてくれなければ戦略は実現しません。

その従業員一人一人のモチベーションに働きかけ、やるべきことを定めるのは管理職たちです。

その管理職に方向性を示し、育成し、組織として活動させるのが経営幹部に他ならないのです。

 

しかし残念なことに、十分な経営幹部に恵まれている企業はとても少ないのです。

 

SMBCコンサルティングで開催した「経営幹部候補の選抜・育成のポイント」セミナーで、以下のような質問を投げかけてみました。

 

「今、必要な経営幹部が十分にそろっていますか?」

 

 会場を埋めた多くの方々の中で、手を上げられた方は誰もいませんでした。

(そもそも、だからこそセミナーに来られていたとは思うのですが)

 

 

■    そもそもどんな経営幹部が必要なのか

 そこでもう一つ質問を投げかけてみました。

 

「では、今どのような経営幹部が必要なのでしょう?」

 

 こちらの質問については、グループディスカッションの形式をとりました。

 そうして出てきた意見には次のようなものがありました。

 

 

「柔軟な人」

 

 たしかに柔軟性は大事ですね。

 

「本質を理解して進められる人」

 

 何事も表面だけをなぞっていては改革を進められません。

 

「会社の状況を理解して具体的に説明できる人」

 

 己(会社の状況)を知ることが全ての始まりです。

 さらにそのことを共有できれば、全員がスタート地点に立つことが出来ます。

 

年功序列で上がっていった人もいる。それでも、目標を定めて引っ張ってゆける人」

 

 経営幹部に取り立てられた理由は単なる年功だったかもしれません。でもその中に、経営幹部としての資質を持った人がいたのも事実だということでした。

 

 これらの見解をまとめてみると、経営幹部にはいくつもの力が求められることがわかります。

 企業を存続させるために、成功し続ける力が必要です。

 企業とは人々の集団だからこそ、組織を動かす力が重要です。

 それらはいつの時代にも変わらず求められる力です。

 

 さらに現在は大きな変革の時代です。

 人工知能は私たちの生活そのものを大きく変化させる可能性に満ちています。

シンギュラリティと呼ばれる、人間を超える人工知能が生まれるタイミングは遅くともあと30年以内にやってくるとも言います。

 不要になる仕事が増えてゆき、新しい仕事や働き方が台頭してくれば、企業が提供するサービスもおのずと変わってくるでしょう。

そんな中での経営のかじ取りはどのようにすべきなのでしょうか。

 そうして考える時、変革の時代に求められる経営幹部とは、二つの力を持つ人だということがわかります。

 

■    変革の時代の経営幹部像

 経営幹部に求められる第一の力。それは「本質を見極める力」です。

変革の時代には、表面だけをなぞっていては本当の課題が見えてきません。商品が売れない原因が広告の失敗にある、と考えているだけでは売上は回復しません。

そもそも顧客が求めている機能と商品の機能にずれが生じてしまっているのかもしれません。

 それは変化の本質を見極める力によってのみ、気づくことができる課題です。
 
 そして、本質を見極めた後の行動がさらに重要です。

そのため、第二の力が求められます。

 

 変革の時代の経営幹部に求められる第二の力。それは「任せる力」に他なりません。

 

 なぜなら変革の時代はプロフェッショナルの時代だからです。

 カリスマ経営者による指導や、精緻な組織マネジメントによる対応だけでは、変革に対応できません。

それぞれの現場でスピーディかつタイムリーに、高度なプロフェッショナリティが発揮されていなくてはならないのです。

 

 そのためには、経営幹部がいつも前に出ていてはいけません。

 

 プロフェッショナルを育てるには任せるしかないのです。

それも、経営幹部自身が直接手掛けたいと思う最重要課題こそ、任せなければ人は育たないのです。

 逆説的ですが、新しい時代の経営幹部とは、そうして育った優秀なプロフェッショナルたちに囲まれている人です。

経営幹部はそれらのプロフェッショナル達に、本質から読み取った方向性をビジョンとして示し、動機づけ、活躍させることこそが役割なのです

 

 今あなたの会社に経営幹部が不足しているということは、あなたの会社では、仕事を自分で抱え込んでいるプレイングマネジャーばかりがいて、目の前の課題にばかり対応してしまっているのではないでしょうか。

 

 

SMBCコンサルティングコラムへの執筆記事より。