ついついはまってしまう人事のワナ
人事コンサルティングを20年以上続けてきている僕自身も、
ついついはまってしまう人事のワナがある。
それはクライアントの経営課題に対して、
既存の人事マネジメントのフレームを「無批判に」適用してしまうことだ。
先日もあるクライアントから相談されたとき、そのワナにはまりかけた。
「ミドルクラスが数人辞めたんですよ。去年導入した目標管理制度がイヤだって」
「イヤだっておっしゃった理由はどういうものだったんでしょう?」
「目標を立てることも、管理されることもイヤだ、ということでしたね。何を言ってるんだか、といった感じですね。辞めてくれてせいせいしましたよ」
そこで僕はつい「ではあらためて目標管理制度の趣旨をしっかり落とし込むための制度研修をしましょうか」と言いかけて、ふと口をつぐんだ。
そもそもこの会社に目標管理制度は合っていたのだろうか?
ミドルクラスが辞めたということは、制度か運用のミスマッチを示していないだろうか?
そんな思いが僕を少しの間黙らせた。
現在の制度は、昨年、クライアント社長の希望を踏まえて設計したものだ。
「PDCAをしっかりまわせる人材を育てたい。そのための手法としてはどういうものがあるか?」と相談された。
そこで業績管理手法の基本を示しながら、それを人事に落としこむための目標管理制度や、それをよりシンプルにしたOKR(Objectives & Key Results)などを紹介し、議論を進めた。
業績管理については、財務諸表のブレイクダウンやバランススコアカード、中長期のプロセス指標の具体化なども示しながら、そのビジネスに合致したKPI体系を構築した。
そして人事に落とし込む手法としては、よりプロセス面を重視したいというニーズにあわせて、比較的自由度の高い目標管理制度を導入した。
その結果離職者が生じたわけだが、この離職は適切なものだろうか?
つまり、社長が希望していた「PDCAをまわせる人材」になる気の無い、ミスマッチ人材が離職したのだろうか。
もしそうならこの離職は適切だ。
残る人材をとぎすませて成長のために集約していくための運用を進めればよい。
しかしもしこれが予兆だとしたら?
そもそもこのクライアントのビジネスに、PDCAをまわす、という概念はマッチしていただろうか。
そのように考えた僕は、疑問をそのまま社長にぶつけて議論をした。
Planした目標は期中に極端に変動してはいないか?
Doのための裁量はしっかりと与えられているか?
またその上で、Checkのためのガバナンスは効いているか?
最後に、改善のための前向きなActionとしてのフィードバックはされているか。
そうして現時点で見直すべき課題は、重要なことは裁量権とガバナンスのバランスにあると結論付けた。
その上で、若干の運用上の手直しをして、今年も目標管理制度を運用することになった。
動かしてみないとわからない制度がある。
そこで見えてきた課題に対して、しっかり批判的に見ていくことが、当初の目的を達成するための原動力になる。その批判が自己否定につながるとしても、そこから必ず成長することができるだろう。
平康慶浩(ひらやすよしひろ)
なぜ大企業ほど新卒給与に差をつけられないのか
メルカリが新卒の給与に差をつける、ということが報道された。
ちなみにそのための人事制度は「メルグラッズ」という名前らしい。
多くのニュースでは初任給格差だけがとりあげられているけれど、アスキーの上記の報道を見るともう少し詳しいことがわかる。
要は、新人扱いしない、ということだ。
新人からちゃんと他の社員と同様に、しっかりとした役割を担ってもらう(社内人事制度のグレードに当て込む)ということで、メルカリの新グレードシステム≒メルグラッズ(Mercari Gradesの略?)なのかなぁ、と想像した。
他にも教育支援などを内定段階から与えていくということで、これもやはり新人扱いしない人事制度なのでは、という推測と一致する。
メルカリの制度はある意味で世界的にはあたりまえのもので、ちきりんさんもこんなコメントをツイートしている。
前回(1985年頃)と今回のバブル就活の大きな違いは、前回は給与には格差がなかったこと。前回はどんな優秀な子も同じ給与で一年目をスタートしたけど、今回は中国や韓国企業を含む外資系、ベンチャー企業などで、年収を大幅に上げた新卒採用が始まってる。
— ちきりん (@InsideCHIKIRIN) 2018年3月2日
そしてこうもコメントされている。
新卒の給与を一律に固定せざるを得ない、終身雇用・年功序列型の企業は、「ほんとに優秀な子」は採用できなくなる。ってことでもある。
— ちきりん (@InsideCHIKIRIN) 2018年3月2日
このあたりの事情は確かにその通りで、典型的な日本の大企業は、新卒給与に差をつけることができない。そういう人事制度になっている。
わかりやすく示すと、大企業の人事制度では、グラフのような年齢と給与の分布が生じている。
このグラフで言えば、35才くらいまでは評価によって多少差がつくものの、基本的には右肩上がりで給与が増える。
そこで月給35万円~40万円の谷があって、それを超えると管理職になる。越えられない人は40万円未満のあたりを天井に給与が増えなくなるけれど、残業代は出る。だからまあそこそこの生活はできる。
一方で40万円の谷を越えた人たちは、年令よりも実績とか能力とかで評価される割合が増える。抜擢される人もいれば、万年担当課長もいる。
このよくある構造に対して、もし特別な新卒(年収100万円~150万円アップ)とか超特別な新卒(年収800万円オーバー)とかを雇うとどうなるだろう?
その際の問題を示したのが以下のグラフだ。
実際問題、多くの大企業の新卒採用の現場では、初任給を5000円増やすだけでも様々な課題が生じている。
「去年までの新卒との間の差額が縮まるから23才は3000円、24才は2000円、25才は1000円ベースアップしよう。でもそれにはウン千万円の原資が必要だ」といったように。
仮に特別扱いだから前年度採用者に配慮しない、とした場合にも、課題はある。
ありていに言えば、特別待遇者への社内でのイジメだ。
無視する、嫌味を言う、くらいならマシで、実際の仕事でかかわった際に協力を拒否したり、逆に常に反対意見を示したりする人も多い。
だから新卒一括採用、終身雇用の大企業はダメなのか、というとそうじゃない。
だからこそ僕は、古典的な日本の大企業のための人事改革が必要になるだろう、と見込んでいる。
解決策はもちろんある。
それは人事に客観性を担保していく仕組みだ。
そして評価の納得性や公平性の意味を、しっかりと定めた仕組みだ。
決して報酬だけの仕組みではなく、評価や教育、そして組織構造やレポートラインにまで関わる仕組みだ。
実際にすでに取り組んでいる会社もいくつもある。
今後、成功事例とともに発表していきたいと思う。
平康慶浩(ひらやすよしひろ)