ジョブ型人事が格差を拡大してしまう可能性について
ジョブ型とか職務等級型とか、細かい定義でいえばいろいろと違う点はありますが、基本的には「仕事の必要性に応じて人をあてがう人事の仕組み」である制度について、人事コンサルタントとしての実務面から、不都合な真実が明確になりそうだな、と感じています。
仕事の必要性に応じて人をあてがうためには、その仕事に見合った能力の人を探してきて、マッチングさせます。
その相手が社内にいれば異動とか昇進させればいいのですが、いない場合には社外から採用します。
そこで起きる問題は、じゃあマッチングする際の給与や年収はいくらなのか、ということです。
マッチングということは給与や年収は取引価格になります。
働く一人一人に、そのポストに就くならこれくらいの金額をください、という要望があります。
それに対して、会社としてもこの範囲なら払うよ、という要望があります。
この要望をすり合わせてその人の給与を決めます。
そのポストに就くための能力について、需要と供給の関係で値段が変わります。
引く手あまたなのに能力を持つ人が少ないと値段があがり、あまり求められていなくてたくさんの人が対応できるのなら値段はさがります。
これが労働市場の原理です。
で、「仕事の必要性に応じて人をあてがう人事の仕組み」が広がると何がおきるのか。
取引価格は、その人がどんな生活を送っているのか、ということを厳密には反映しません。
毎日牛肉を500グラム食べないと気が済まない人と、ものすごく小食な人とでは、食費自体が異なります。
広い部屋に住まなければ気が詰まる人と、狭い部屋の方が落ち着く人とでは、住宅費が異なります。
けれどもそんな事情はおかまいなしに、会社は取引価格を提示し、個人はその取引価格をベースに交渉を進めるでしょう。
もちろん、その能力を手に入れるためにある程度の生活費用が求められる場合はあり、それが取引価格設定に勘案される場合は有ります。
典型的には医師でしょうか。
医師国家資格を取得するために、6年間にわたる高額な学費を支払う必要があります。
また、大学に進むためには受験を勝ち抜く必要があります。医師になりたい人は多いので、競争が生まれ、そのための学習費用もかさみます。
結果として、医師はその希少性だけでなく、医師になるための費用などを鑑みた報酬設定になっている可能性もあります。
ただ、それでも平均年収1300万円前後と言われる勤務医の報酬水準が、そこまでにかけた費用に見合っているか、と言われると判断が難しいところです。
それはやはり医師の年収自体が取引価格として設定されてしまっているからでしょう。
さて、そのような前提で取引価格としての報酬を考えてみた時、4種類の方向性があることがわかります。
「需要 大 & 供給 小」がもっとも報酬が高い仕事です。
「需要 小 & 供給 大」がもっとも報酬が低い仕事です。
「需要 大 & 供給 大」はメジャーな仕事です。報酬は標準的生活を守れる水準を維持することでしょう。
「需要 小 & 供給 小」はレアな職業です。報酬はどれくらい儲かるのか、ということによって決まるでしょう。
そしてこれらの方向性を前提として、一人あたりいくら儲かるのか、という判断が加味され、最終報酬水準が決まるようになります。
式にするとこうなります。
(需要量 ÷ 供給量) × 一人あたり収益 = 年収
ジョブ型が広がるまでは、実は供給量がある程度一定に保たれていました。
なぜなら新卒採用がメインであり、中途採用はその補助だったからです。
そのため新しいポストが生まれたとしても、厳密な取引価格は適用されない構造になっていました。
けれども、ジョブ型が広がり中途採用が進むと、供給量が大きく変動できるようになり、取引価格が浸透するようになります。
そしてさらに大きな問題は、一人あたり収益を伸ばす事業とそうでない事業との差が拡大していることです(この点については後日分析結果を示します)。
変動が大きくなると、分散は拡大します。それはすなわち格差の拡大を意味します。
変動が大きくなったことを喜べるのは、チャレンジし、成長し続ける人です。
けれども、昨日と同じ今日を望む人たちにとっては、キャリアダウンの恐怖が増すことにしかならないでしょう。
これからの社会をチャンスと見るか、恐怖と見るか。
一人一人の生き方そのものが問われてゆく時代になるのかもしれません。
平康慶浩(ひらやすよしひろ)
経営者は従業員経験をつくる人になってゆく
エンプロイー・エクスペリエンス、という言葉があります。
EEと略すこの言葉は、従業員に経験を積ませることでいち早く成長させることができる、という人材育成の考え方です。
多くの人事関連有識者が示すように、これからの人材マネジメントの主流になっていくと思われます。
このEEですが、じゃあ誰が経験を提供していくのでしょう。
人事部?
もちろん制度と運用プロセスは設計しなければいけません。
上司?
部下に直接経験を積ませるのはもちろん上司です。だからこそ上司によるタイムリーな支援や軌道修正は重要になります。
しかしより本質的なEEの設計者は、経営者に他なりません。
ただしそれは、これまでの経営者のあり方を大きく超えたものになるのも事実です。
経営者の役割とは、原則として企業価値の最大化です。
そのためにビジネスモデルを作り上げ、それを回していくことが求められます。
この時、従業員に対してはビジネスモデルを回すための歯車であることを求めます。
自発性などを求める場合もありますが、それは現場での顧客対応を迅速化するためか、陳腐化しつつあるビジネスモデルを改善するために求めることがほとんどです。うまく回っているビジネスモデルにおいて、余計な創意工夫は邪魔でしかありません。
だから従順にビジネスプロセスを運用してくれる人材を採用し、習熟させ、生活を安定させる選択肢をとります。
これは伝統的日本企業に限らず、多くの成功した企業の原則的な人材マネジメントモデルです。
しかし働く意味の拡大が、エンゲージメントマネジメントの成熟を超えて進もうとしています。
言い換えるなら、どれだけ自社で働くことを魅力的に見せようとしても、出産や子育てなどのライフイベントを重視したい人の一時的離職を押しとどめることができないようなものです。
エンゲージメントを高めていれば、休職を経ても戻ってくる、と思うかもしれません。
しかしそこに用意されているキャリアが、階段を少し遅れて進む道でしかなかったとしたら、戻ってくるインセンティブは小さくなってしまう場合もあります。
そんな時、魅力的に映る他社への転職を選ばれてしまったとしても、決して従業員を責めることはできません。
大事なことは、経営者が、従業員にどんな経験を積むキャリアを想像できるかです。
そのキャリアは新卒から始まる連続的なものではなく、むしろ自分で選択可能なイベントのようなものです。
仮に入社2年目で「なんとなく」辞めた従業員が5年後に戻りたいといってきたとき、入社2年目までキャリアを戻すのではなく、今できる役割を見極めて与えられるかどうかです。
中途採用をする際に、新卒●●年目と同様の報酬を用意するのではなく、今生み出す価値に対しての対価を支払えるかどうかです。
そのような仕組みを作っていくために必要なことは、経営者が常にビジネスモデルのブラッシュアップを考え続けることです。
今うまく回っているビジネスも、数年後にダメになるかも知れない、という前提で、歯車になっている一人一人に、歯車ではない役割を与え続けることです。
従業員に経験を与え続ける人材マネジメントは、経営者の事業戦略と密接につながってゆく、あらたな人事戦略に他ならないのです。
平康慶浩(ひらやすよしひろ)
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