あしたの人事の話をしよう

人事コンサルタント 平康慶浩(ひらやすよしひろ)のブログです。これからの人事の仕組みについて提言したり、人事の仕組みを作る立場から見た、仕組みの乗りこなし方を書いています。

まじめな話と、雑感(よしなしごと)とがまじっているので、 カテゴリー別に読んでいただいた方が良いかもしれません。 検索エンジンから来られた方で、目当ての記事が見当たらない場合 左下の検索窓をご活用ください。

自分の本のボツ原稿をぼちぼち掲載してみます(5) 成果主義導入時のコンサル現場

セレクションアンドバリエーションの平康慶浩です。
ボツにした本の原稿をアップしてみていますが、今までは「理屈っぽすぎる」「くどい」などの理由で削った文章でした。
今回はちょっと違う理由で削ったものをアップしてみます。

これを削ったのは、「生々しすぎる」「過去の話のようでいて、過去の話ではない」という理由のためです

以下の文章は、第一章の「人事制度を変えても組織風土まで変えることはできなかった」と「人事制度改革はまだ見ぬ若者を犠牲にして行われた」というパラグラフの間に入っていました。

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成果主義人事制度を導入する現場で何が起きていたのか

 私自身もその現場にいたからわかっている。年功で職能等級があがっている人たちの給与を下げなかったのだ。つまり等級の引き下げを行わなかったのだ。
 もし職務給にしていたら?つまり前提として、等級を職務で定義しなおしていたら?

 できるわけがなかった。たまたま同じ年次にいる人たちを、よほどできない人を除いてみんな同じ職能等級にしていたのだから。その中で課長にふさわしい人だけ課長にして、他の人は専門職、と言う名目で役職手当に差をつけていただけなのだから。だから、本当に職務給にするために、職務等級を設定していたら、ずいぶんと差がついてしまうことになったのだ。
 
 実際、分析は数多く行った
 職務調査、というと評判が悪いので、役割調査、と言い換えたりして、職能等級上では管理職となっている方々の職務の大きさを分析した。
 分析結果は極めて大きな差がついた。意外だったのは、課長や次長といったポストについている人たちの職務が大きい、という単純な結果ではなかったことだ。意外に専門職の方が実質的に高い職務についている場合もあった。だから職能等級により給与が増える、ということはあながち間違いでもない、とも言えた。
 その代り、違う問題がクローズアップされた。
 それは、この調査では管理職以外にその直下の人たち、つまり係長相当の人たちも対象にして行ったためだ。
 結果として、係長と管理職との間で、職務の大きさの逆転は数限りなくあった。十歳も年下の係長以下の仕事しか任されていない管理職が大勢いたのだ
 こんな結果に基づいて、職務等級を適用したら、とんでもないことになる。そもそもコンサルタントの分析なんて間違っている、という論調が支配した。それが正しかったかどうかはわからない。
 しかし高度成長期を支えてきた職能等級は存続し、組織風土もかなりの部分が維持された。

 結果としてどうなったのか。
 実際の仕事ぶりに関わらず等級は維持する。レンジレートは定める。つまり等級別の給与の上限と下限は定める。しかしその等級にふさわしくない人材もいる(それだけは各社とも認めるところだった)。
 一方で給与を下げることはしない。法律が認めていないし、それに彼らが悪人というわけでもない。たまたま今まで、能力や職務、役割以上の給与をもらっていただけなのだ。そしてそれが社会の常識だったのだ。
 だから、給与を下げないかわりに、上がらないようにしたのだ。
 ある等級である金額の給与になったら、標準評価では給与が増えない。SABCDの五段階評価でBをとっても給与が増えないようにした。それは制度導入当初の緊急措置のはずだった。しかし、その仕組みを改善したという企業の話は聞かないし、依頼もされていない。
 給与額に不満があるのなら、転職すればいい。こちらも雇い直すだけだ、という理屈はここでも生きてくる。そして当時の若者たちがその等級に上がった現在、標準的な評価では給与は増えなくなった。


人事制度改革は誰かを犠牲にしなければできなかった

 少し余談になるが、なぜ当時、十分に仕事をしていない、また十分な成果を出せていない年長者の給与を引き下げられなかったのか、ということが問題になることがある。
 なぜそれが問題になるかと言えばリストラはしたからだ一律の給与カットも行った
 しかし、指名して給与を下げることはしなかった。だから何を言われようと会社にしがみつく方がよかったのではないか、と言う話だ。
 企業に残る選択をした人に対して、企業が考えたことはわかりやすい。
 社員の生活を守らなければいけない、ということだった。実際のところ、年功で昇給を続けていた人たちが悪人ではないし、極端な怠け者でもない。私は多くの人々にインタビューを続けてきたが、そんな人にはほとんど出会わなかった。
 ただ、環境の激変にとまどう人は大勢いた。
 二〇〇〇年に五十歳の人は一九五〇年生まれだ。社会人としての生活は一九七〇年代から始めている。この時代には給与が倍増する事すらあった。仕事は新たに作っていくもので、教えてくれる先輩がいるわけでもない。自分がその先端に立っていたのだから。だから彼らは企業の中で体系的な教育を受けたことがなかった。
 一方で、将来の社会の成長を疑うことが無かった。当たり前の生活として、定期昇給があり、夏冬の賞与があり、同期ではほぼ変わらない給与水準があった。その公平性が彼らのモチベーションを維持していた。
 しかしバブル崩壊がそんな人々の当たり前を否定してしまった。
 例えば長期ローンで家を買うという、当時にすれば当たり前すぎるほどの夢ですら、土地神話と言われてしまった。実際現在の状況で土地や家屋の購入は株を買う以上のリスク投資だ。ほんの二十年前は、土地を買うことはリスクがゼロとまで思われていたこととはずいぶん変わっている。
 人事制度改革の際に、そんな人たちが、不良債権と言われた
 厳密に職務給としてのレンジレートを適用すれば、今渡している給与を支払い続けるわけにはいかない。

 例えばとあるメーカーの営業担当課長がいた。本当の課長は別にいるのだけれど、その課長とほぼ同期で課長に昇格した人だ。だから管理職としての給与と処遇を受けている。しかし、実際にはただの営業社員だ。そしてその営業成績は、高業績の一般社員の八割程度。もちろん営業管理や教育研修などを担当しているという名目はあるが、それは本来の課長の仕事だ。
職務給としてのレンジレートを適用するなら、彼の給与はどうするべきだろうか。
 仮に二十五歳の営業社員の月給が二十五万円とする。残業を含めて三十万円。
 一方で四十歳の営業担当課長の彼の給与が四十五万円。
 職務給的に考えるなら、この会社の営業社員は全員月給三十五万円前後にして、インセンティブを支払う、とした方がわかりやすいし納得性も高い、ということになる。日本の法律では営業社員の裁量労働は認められていないけれど、実態としては目をつぶってもらえている。だから残業代込みで三十五万円、という仕組みだ。能力や結果の差はインセンティブでつける、と言う仕組み。
 しかしこんな考え方は受け入れられなかった。単純に考えて、その営業担当課長からすれば十万円の減給だ。おまけに面子も失う。制度を導入するのは彼の昇格を承認した役員だ。家族ぐるみの付き合いもしている。そんな選択はありえない。
 もし十万円も減給したらどうなるか。主婦の奥さんはパートに出なければいけない。しかし社会から十年も離れていればすぐになじめるかどうかもわからない。息子や娘の教育にもマイナスだ。そしてそもそもぎりぎりで生活している家庭もあるかもしれない。子供が私立の学校に行っていればなおさらだ。だから、年配者の生活を守ることは至上命題になった
 一方で逆の視点からの反対も強かった。なぜ、新卒後数年の営業社員に、ただ売ることができるという理由で三十五万円の月給を払わなければいけないのか。言い換えると、若造が高い給与をもらうことはありえない、というものだった。
 職務給の観点から言えばその『売ることができる』ということがすべてなのだが。
 だから年功主義は残さざるを得なかった。それがそれまでの組織風土だったからだ。幸い、ほとんどの企業がそういう選択をして、他社に行けばもっと給与がもらえる、ということにもならなかった。
 当時の人事制度改革の実態とはそういうものだった。それが成果主義人事改革の実態だった。

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……あらためて読んでみてもきついですね。

そんな時代もあった、ということです。
でも、これからの改革のヒントも含まれていると思うのです。

 

うっかり一生年収300万円の会社に入ってしまった君へ

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平康慶浩(ひらやすよしひろ)