あしたの人事の話をしよう

セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役 兼 グロービス経営大学院HRM担当准教授の平康慶浩(ひらやすよしひろ)のブログです。これからの人事の仕組みについて提言したり、人事の仕組みを作る立場から見た、仕組みの乗りこなし方を書いています。

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数字で語ろう2  こんな感じで評価制度を作っています(不定期連載)

弊社が評価制度を作るときに気を付けている点を、物語風に書いてみました。
2013年2月18日の記事 『数字で語ろう (不定期連載)』の続きです。
具体的にはこのあたりの続きです。

「なるほど。じゃあ、ちょっと別の相談なんですけど、うちのボランティアの子にもっとやる気を出してもらうための、数字の使い方ってあるんでしょうか」
「お金出してないんだよね。だったら、まあ、いろいろあるよね。笑顔を数えるとか、積み上げるとか」
「なんすか、それ」
「それは……」

物語風、と書きましたが、実際に新大阪でお茶しながら話したことのまとめ、ではあるんですが。

前回の記事では、数字を示すことで根拠や安心感を与えることができる、ということを書きました。
今回は、数字を使って人のやる気を高める方法です。
以下に、彼に話した内容を整理して書いてみます。

まず、人をお金で動かすことと、数字で動かすことは、本質的に違います。
お金は人の欲望に直接的にアプローチします。
お金で人を動かすのは、1回限りの場合においては極めて有効です。
しかし、何度も繰り返し同じことをしてほしいときには、なかなか有効に機能しません。
工夫が必要になってきます。それが評価制度のポイントでもあります。

なぜならお金をもらった瞬間に、その金額をもらったことがその人の原点に変わるからです。
これは行動〇〇学(経済とか心理)でも示されていますが、例示してみましょう。

仕事をしてその対価として1000円をもらった人がいるとします。
同じその人に、800円でその仕事を依頼すると、その人は行動をしぶります。
1000円がその人にとっての当然の報酬基準に変わるからです。
この時、下策は1050円にすることです。すると、この人は、新しい仕事の都度、50円を追加される、ということを原点にしてしまいます。
これは双方にとっての不幸を生み出します。
支払う側はやがて支払える限界に到達します。そうなるとこの人に仕事を依頼しなくなります。
もらう側はそれだと嫌なので、どこかで妥協します。
仮にそれが1300円だとすると、この金額は、支払う側にとっても不満となります。なぜならどこかに1000円、あるいは900円でその仕事をしてくれる人がいるかもしれないからです。損をしているかもしれない、と言う気持ちが支払う側を不幸にします。
一方で、もらう側も不幸です。本当なら50円ずつ増え続けなければいけないのに、1300円で頭打ちされてしまった。だから業務に気持ちが入らないかもしれません。不満を持って働くことになるのはとても不幸です。
年功定期昇給が生んだ不幸はこういう分析からもわかるわけです。

では、お金ではなく数字で人を動かす、ということはどういうことでしょう。
彼が関与しているボランティア組織では、店舗での委託販売を行っています。ボランティアはそこで店番を行うわけです。
そして彼は、このボランティアたちにもっとやる気を出してほしい、ということです。

よくある間違いは、彼らに少額でもいいからお金を払う、ということです。
お金を払った/もらったとたんに、それはアルバイトになってしまいます。
アルバイトになるともらった側は比較を始めます。店でボランティアをしていた5時間分、他所で働いたらいくらになるだろう、と。
一方で支払った側も、苦労してお金を集めて支払ったんだから、と考えだします。
このことがボランティアのやる気につながらない、ということはわかりますね。

ではどうするのか。
私が彼に答えた案は以下のようなものです。3つの行動を順にしてもらうというものです。

① 店にいる間、POPを書いてもらう
② そのPOPをネタにして、来店者に話しかけてもらう
③ 来店者が笑ってくれたら、その笑顔の人数を壁のグラフにシールで貼っていく←ここが数字、です。

彼が手伝っているボランティア組織では、東北震災復興のためのお手伝いをしたりしています。
特に障がい者施設で作ったものの受託販売に力を入れています。
私も店に何度か足を運んで買ったりしましたが、基本的に集客が少ない。
小売店として見た場合に、集客のための広告がしづらいし、ファサードを魅力的にするお金もなかなか出せない。
視認性を高めることも難しければ、内装にお金を書けることも難しいわけです。
集客そのものは経営側の仕事です。あるいは店舗責任者が考えなければいけない。
一方で店舗内のボランティアは販売業務を行いますが、暇な時間が多いわけです。
そこで、お金をかけずに出来る、来店客への商品の売り込みを行ってもらうことが、経営にとって有効です。
例えばそれがPOPです。
試食品がただ置かれているよりも「むっちゃクセになります!」とか書いてあると、手に取ってもらえる可能性が高まります。
どうせ暇なんだから、そうして売上に貢献する活動をしてもらう方がいい。
だから『POPを書いてもらう』ようにするわけです。

さて、ではその『POPを書く』行動の結果はどのように評価をすべきでしょうか。
もし彼がアルバイトであるのなら、時給に見合った活動として、時間当たり売上で見ることもいいでしょう。
でもボランティアです。善意で活動している彼/彼女に、お金が見える目標を与えると、それは逆効果になります。

そもそもボランティアという役割を選ぶ人は、何を求めているのでしょう。
それは、人への奉仕であり、そのことによる自己達成感、かもしれません。
だから、その奉仕度合を量ってあげて、それによって彼/彼女を認めてあげることが有効です。
そのために数字を使うわけです。
その数字は、彼/彼女が他者に認められた回数であることが一番機能します。

他者に認められるためには、会話が必要です。
だから、『POPをネタにして来店者に話しかけてもらう』ということにするわけです。
商品を売るために来店者に話しかけることを嫌がる人がいます。特にそれが善意の強要になったり、こちらの利益になることだととても難しい、と思ったりする人たちです。
でも、ただ話しかけてみる。それもPOPの内容をネタに。それだけなら、内気な人であってもなんとか口に出すことができます。

そして『笑ってもらう』。
その人数を数える。
人数の報告は盛っていても構いません。
大事なことは、自分の仕事は来店者に笑ってもらうことだ、と思ってもらうことです。
そうして、来店者の笑顔の数を増やすことを競い合ってもらう。
数字はそのためのきっかけであり、ものさしです。
そうすれば、ボランティアは元気に働けるようになります。

(どうせ行ってもひまだしな)
(どうせ売れないしな)

と思いながらボランティアに来るよりも、

(今日はあの商品をネタにPOPを書いてみよう)
(昨日はおばあちゃんに笑ってもらえたから、今日は子供を笑わせてみよう)

と考えながら来る方が楽しいものです。

こんな話に、新大阪で私とお茶をしながら話していた彼は答えました。
「僕だったら、まっずい商品をネタにしますね」
「そんなの売ってる?」
「残念ながら(笑)そう言う商品は1000円のところ、500円均一のカゴに入れてたりします。でもそれじゃだめだってことですよね」
「そうそう。そんな売れ残りみたいなカゴから誰も買わないでしょ。それよりも1000円のままにして、『びっくりするほどまずいです!』ってPOPを書いて、そこに試食を用意しておく方がいい」
「なるほど」
「そうすれば、そこで立ち止まった人に話しかけられる。『一口どうぞ!ほんまびっくりしますから』。そしてびっくりしてくれたら、『今なら半額の500円にしときますよ。よろしければ他の人も驚かせてあげてください』とか言える」
「その方が売れそうですね!」
「うん。結果として業績につながるんだけれど、ボランティアには『笑顔の人数を競え』という。それが上手な数字の使い方だよ」

評価制度とはかくあるべし、というセレクションアンドバリエーションの思いでもあります。

「さっそく実践してみます!」
「まあ、気が向いたらでいいけどね。あ、あと、ボランティアって学生でしょ?」
「大学生が多いですね」
「じゃあ、『笑顔を数える』ことは就活にも役立つって言ってみるといいよ」
「……どう役立つんですか?」

それはまた次回。


 

セレクションアンドバリエーション株式会社

平康慶浩(ひらやすよしひろ)