あしたの人事の話をしよう

人事コンサルタント 平康慶浩(ひらやすよしひろ)のブログです。これからの人事の仕組みについて提言したり、人事の仕組みを作る立場から見た、仕組みの乗りこなし方を書いています。

まじめな話と、雑感(よしなしごと)とがまじっているので、 カテゴリー別に読んでいただいた方が良いかもしれません。 検索エンジンから来られた方で、目当ての記事が見当たらない場合 左下の検索窓をご活用ください。

企業系職業人(ビジネスプロフェッショナル)という定義

労働者が生産者(プロデューサー)になるだろう、という話を、ある大学教授との雑談で出してみました。
それってどういう意味?というご質問をいただいたので、被用者として付加価値の配分を受け取れない労働者という立場から、自身が付加価値を生み出す存在としての生産者に変わる(=付加価値に相当する配分を自分自身も受け取る)、ということだとお答えしました。

するととても面白いご指摘をいただきました。

「仮に労働者を生産者として定義した場合、彼が生み出す付加価値を享受するのは誰でしょう?」

「それは……さまざまな利害関係者が考えられると思いますが」
「そうでしょうか。おそらくそのほとんどが企業ではないでしょうか。被用者である場合はもちろんですが、フリーランスである場合も、結局のところ企業からお金をもらうことになりますよね」
「起業家、という定義もあるかな、と思うんですが」
「起業家は企業をつくるわけですから、労働者という立場とは異なるようにも思いますね」
「なるほど。となると被用者であってもフリーランスであっても、労働者が生み出す付加価値は企業に対するものになる、ということですね」
「そう。だとすれば、生産者、というよりは『企業系職業人』という定義の方がしっくり来る気がしますがどうでしょう」
「英語にするとビジネスプロフェッショナル?」
「まあうまい言い換えではないかもしれませんが」

なるほど、と思いました。

ただ、職業人、という言葉は固いし、ビジネスプロフェッショナル、というと、これまた星の数ほど語られている一般用語だし。

必要経費として扱われる労働者という立場から、自身が生み出した付加価値の享受者となる立場を定義する、うまい言葉。
なんかないでしょうか。

ちなみに上記で書いた「必要経費として扱われる労働者」、という発想から「うっかり一生年収300万円の会社に入ってしまった君へ」を書くことになりました。
原題は「コストになった君へ」。

これに対して「自身が生み出した付加価値の享受者となる立場」をきっちりと定義できれば、働く人たちの指針を作り出せるのではないかなぁ、と妄想しています。
それは「コストという枠を超えた生き方」になると思っています。

当面はグラノヴェッターの論文とか、少し遠回りになるかもしれない研究をしてゆきますが、数年以内には「コストをいう枠を超えた生き方」の指針にたどり着きたいと思います。

あ、自給自足人生とか、低所得でも贅沢せずに生活しようよ、という方向は興味ありません。
念のため。


平康慶浩(ひらやすよしひろ)