韓国の出世事情を調べて他人事とは思えなくなった
昨年末に出版した僕の本が、今度海外でも出版されることになった。
今決まっているのは二か国。韓国と台湾なんだけれど、韓国語版では「韓国読者に向けた序文」を依頼された。
そういえばドラッカーの本にはよく「日本の読者に向けて」みたいな序文が載っている。そうか、あんな感じで書けるのなら、楽しそうだ、と思って二つ返事で引き受けた。
とはいえ、僕は韓国に一度しか行ったことがない。それも10年以上前だ。たしか焼肉食べて、サムゲタン食べて、チゲ鍋食べて、あかすりいって、ハンジュンマッで汗をかいた。南大門ではトッポギを食べた。なんのことはない、ただの観光旅行だ。
韓国企業を紹介したビジネス書は何冊か読んではいたけれど、本だけからの知識では序文を書くのにはいたらない。
どうしようか、と思ったけれど、すぐに気が付いた。
こういう時こそ僕の社会関係資本を使わなきゃ!弱い紐帯だ!6次のつながりが、僕にスモールワールドネットワークを実感させてくれるに違いない!
そう思い立った僕は、友人・知人を通じて、韓国の現役ビジネスパーソンたちの意見を聞くことにした。
結論として、たしかにスモールワールドは機能したのだった。
僕は序文を書くのに十分なだけの「韓国ビジネスパーソンの出世事情」を知ることができた。
序文は完成させてもう送ったのだけれど、せっかくだから、僕が知りえたいくつかの情報を紹介してみようと思う。
1.日本よりも出世に対して貪欲
まず想像どおりだったのが、韓国のビジネスパーソンは、日本よりも出世に貪欲だということだった。
貪欲すぎて、企業内部でのさまざまな弊害もあるらしい。
たとえば、韓国企業と提携していた日本企業側のある人の話だ。
ミーティングに出席した韓国側メンバーに「ぜひこれらの情報を社内でも共有して、それらの方々の意見も聞かせてください」と伝えた。
そしてその次のミーティングで結果を聞いたところ、要領を得ない返事が返ってきた。
なぜだろう?と思って、ミーティングに参加していない別の韓国企業側メンバーに尋ねてみると、「そんな情報は全く聞いていない」と言うことが判明したのだ。
これは一例だが、韓国のビジネスパーソンは出世に貪欲すぎて、有用な情報ほど社内で共有しない場合が多い、ということだ。
なぜそうなってしまうのかといえば、出世できないやつは落ちこぼれ、として扱われるからだ。
成果主義が徹底しているため、会社側は有能かつ有用な人物にはどんどん好条件をだす。一方で、いまひとつだと評価してしまった人物に対しては、辞職のプレッシャーを与えてゆく。
なんともせちがらい生き方だなぁ、と思ったのだけれど、競争の場を離れるとそうでもないらしい。それが次の情報だ。
2.日本よりもつながり重視
実は、他人は皆ライバル、と考えているのは、同じ会社にいる間だけらしい。
韓国では転職が盛んで、平均勤続年数は日本の半分にも満たない。平均勤続年数が10年を超える企業は、大企業でも30社もないそうだ。
そうして転職をしてしまうと、もとのライバルたちは有用な情報源となる。
ライバルたちにしてみても、他社に行ったライバルはやはり情報源になるのだ。
だから会社を越えたつながりは日本よりも強い。社内では共有しない情報でも、社外の人とは共有するのかもしれない。
「韓国は横の繋がりを大事にしているため、例え他社に転職した後も頻繁に旧職場を訪ねたりして関係を維持する。また旧職場の人も転職者は外部の情報をもたらす貴重な存在として関係を維持したがる傾向がある」
という韓国側ビジネスパーソンの意見もある。
3.出世すらキャリアアップの手段
これらを踏まえて、出世に対する意識も違うということだった。
日本だと、大企業に勤務して課長や部長に出世することは、その組織の一員としてのプライドを示す部分が大きい。
「〇〇株式会社の営業部長の田中一郎です」
という自己紹介には、(こんな大企業でこれだけの役割をになっている俺ってすごいだろう)というプライドのあらわれかもしれない。そして、ある程度のポジションになると、出世の「あがり」的に意識しはじめる。
しかし韓国では、同じように会社名から自己紹介はするのだけれど、(これだけ優秀な俺なんだから、もっといい条件で引き抜いてくれてもいいよ)という、次のステップへのきっかけの要素が大きいということだ。
どうやら、韓国のビジネスパーソンの出世にはゴールが無いようだ。
出世しても次の出世を意識する。出世に対する貪欲さはそんなところにもあらわれているのだけれど、それはなぜなのだろう。
理由はもちろんあった。
■ 出世しないといけない事情
出世しても次の出世を目指す。
その背景には実は、国家的な事情がある。
実は韓国でも、1990年代までは、家族主義的・年功主義的な人事処遇がされていた。
年をとると給与が増えるし、年を取れば出世できる、という構造だ。
しかし、日本でバブル崩壊があった少しあと、1997年にIMF危機が起きた。
そのため、多くの韓国企業はそれまでの家族主義的・年功主義的な人事処遇から、成果主義・職務主義的人事処遇へを大きくかじをとった。そして日本と異なり、韓国ではそれがあたりまえになっていったということだった。
その結果、出世事情が大きく変わったのだけれど、いつまでも出世を目指さなくてはいけない、もう一つの大きな理由がある。
年金が十分ではないのだ。
韓国で皆年金制度が行きわたったのが1999年。
しかし、積み立て型の年金を満額もらえるのは40年間納付し続けた人だけだ。また、お金がなくて年金保険料を払えない猶予者は100万人以上存在する。
いくつになっても自分で稼がなければ、生きていけないのだ。
必然的に独立や自営も増える。
日本をはじめとする先進諸国の自営業率はおおむね15%以下だ。アメリカやフランスは10%を切る。
しかし韓国では30%に近づいている。雇ってもらえないなら、自分で稼ぎ口をつくるしかないのだ。
そのためには、今いる組織でなるべく高いレベルに出世して、社外との有用なつながりをたくさん持たなければいけない。
本の序文を書くための調査だったけれど、調べるほどに、考え込まされた。
もしかするとこれは、どこかの国の10年後の姿ではないだろうか、と。
いや、もしかすると、団塊の世代やその次の世代では、すでに起きている事実なのかもしれない。
平康慶浩(ひらやすよしひろ)