あしたの人事の話をしよう

セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役 兼 グロービス経営大学院HRM担当准教授の平康慶浩(ひらやすよしひろ)のブログです。これからの人事の仕組みについて提言したり、人事の仕組みを作る立場から見た、仕組みの乗りこなし方を書いています。

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さよなら能力評価(後編):潮目が変わった人事制度 第2回

さよなら能力評価(前編)はこちら

 

■ 旧い能力評価はもういらない

 

能力評価がなんのためにあるのか。

検討ポイントはそこにあった。

それは、僕たちにとっての「あたりまえ」を覆すきっかけでもあった。

 

前編に書いたように、そもそも20年以上前の多くの会社には、明確な評価の基準がなかったりした。

漠然とした人間性基準で昇給額を決めていた。

そこには説明できる納得性が、あまり存在しなかった。

だから、3種類の能力評価のいずれかのパターンが導入された。

昇給結果の納得性を高めるために、能力評価が導入されたわけだ。

 

この事実が僕たちの思考を固定化していた。

 

つまり、先にあったのは、昇給だ

 

昇給の納得性を高めるために能力評価の基準を導入した、ということは。

言い換えれば、昇給がなくなれば、能力評価は不要になるということだ

 

 

 

■ 昇給よりも回帰が必要だった

 

前編に書いたように中小企業の某社では、業績悪化に伴う様々なリストラをした。

その中には昇給停止というものもあった。

 

  業績が回復するまでは月給を引き上げることはできません。

  でも、少しでも利益が出たら、賞与は増やします。

 

そういう状態をつくりあげた。

やがて業績が継続的に回復したので、昇給停止を解除しようとした。

そこでの議論では、どうせ数年間昇給を停止していたのだから、結果を出している人は一足飛びに引き上げていいんじゃないか、と言う意見が主流となった。

 

たとえば月給25万円でずっと我慢してもらっている。

それまでの昇給は毎年8000円くらいだったから、8000円×評価レベル×年数、として計算してもよかったのだけれど、それよりも緊急の問題があった。

 

25万円のままだったら、転職されてしまう、という問題だ。

 

少なくとも30万円は払わないと引留められないだろう。

そうして検討を重ねていくと、能力評価データが役に立たないということがわかってきたのだ。

 

そうして算出された一人一人の新しい給与額は、昇給、というよりは、あるべき給与額への回帰だった

 

 

 

■ 別れを告げたのは実は定期昇給だった

 

あるべき給与、というものがおぼろげながらでも見えてきたとき、そもそも定期昇給と言うものが必要なのだろうか?という議論に発展した

毎年少しずつでも給与を増やす仕組み。

それがいわゆる定期昇給だ。

 

でも、もしあるべき給与額に到達してしまっていたら、その後昇給させる意味はあるのだろうか?

転職されないための給与額を越えた金額を払うと、たしかに転職する気は引き起こさないだろう。

でも、会社にとっては損になる。

そこで出た損の分だけ、誰かに損をしてもらわないと、会社が立ち行かなくなる。

景気の良い会社であれば、その損を会社が負うこともできるだろうけれど、たまたま某社は厳しい状況で、そんなことはできなかった。

 

そういう時、普通は若手に損を負わせる。

でも、業績が悪化していたという評判の会社に若手が入ってくるわけもない。

損を負わせる若手はいなかった。

 

だからこの会社では、あるべき給与額に到達するまでは早く昇給する仕組みをつくった。

場合によっては一足飛びにその金額にたどりつく。

そして、そのための基準は能力評価の結果ではなく、その仕事に期待する成果の水準になった。

もっと平たく言えば、売り上げ高とか粗利額とかだ。

一人前に稼げるようになった時点で、一人前の給与を支払うようにした

一人前に稼げることに年齢は関係ない。

20代でも50代でも稼ぎが同じなら給与は同じ。

そんな仕組みに修正していった。

定期昇給と言う仕組み自体は残ったけれども、評価は稼ぎを測る仕組みに収れんさせ、能力評価は廃止した。

 

 

■ ようやくたどりついた一物一価の世界

 

人事制度に詳しい方ならわかるだろう。

ここまで説明してきた、某社がたどりついた仕組みは、職務給と言う仕組みだ

それもかなりガチガチのアメリカ型に近い。

 

なんだよ、いまになってやっと職務給の設計をしてるのかよ。

 

と思われるかもしれないが、そうじゃない。

僕自身は20年前からガチガチの職務給も設計してきている。

そもそも人事コンサルタントとして最初に参画したプロジェクトがそうだった。

当時五反田にあった某電機メーカーの管理職向けに設計した仕組みが職務給だ(役割給と言う名目にはしていたけれど)。

担当する仕事が大きく変わらない限り、昇給も減給もない。ただし賞与は大きく変動する。

そんな仕組みをその後何十社にも設計して、導入してきた。

 

でもそれらの職務給は、転職できる人たちの会社向けに作ってきたものだ

上場企業で、従業員はみんな有名大学卒で、仕事ぶりも優秀で、能力も高い。

そんな従業員たちの会社であれば、彼らには労働市場がある。転職ができるので、市場の相場という概念が通用する。

だから職務給が運用できる。

 

一方で日本のほとんどの会社では、職務給は通用しなかった。

大企業以上に、中堅・中小企業の人事制度を設計してきた中で、その実感はどんどん強くなった。

最近でも年功序列で、年齢にともなって給与が増える、伝統的な会社は数多くある。

すると、会社が損をしている状態の給与の人も多い。そういう人たちは転職をすると給与が下がってしまう。

だから会社にしがみつかざるを得ない。

そういった会社に職務給を導入するのは、かなりのショックを引き起こしてしまう。

そのショックに耐えるには、「時間薬」しかないだろう、とも考えていた。

 

それがどうも変わってきた、というのが僕の実感だ。

 

ショックを受け入れてでも変わろうとする会社が増えてきている

上場企業だとか、超有名企業とかでない、普通の会社でだ

 

 

■ それは労働市場を変えるトリガーになる

 

日本の会社のほとんどを占める中堅、中小企業が職務給を目指すとどうなるだろう。

会社が損をしない金額で人を雇うようになる。

一方で、若いからこのくらいの給与で我慢しておけ、ということも減っていく。

そうなれば、みんな自分の価値をもっと知るようになるだろう。

 

そうして、今までは大企業の人材しか参加できなかった、高い品質の労働市場が広がっていくのではないだろうか。

 

今僕はそんな風に思っている。

 

 

 

追記:ちなみにここに挙げた某社では、たしかに昇給のための能力評価(コンピテンシー評価)は廃止した。けれども、能力そのものの評価は、別の形で残している。

それは育成のためであり、昇格判断のためなのだけれど、話が長くなりすぎるのでまた別の機会に書くことにする。

 

 

 

平康慶浩(ひらやすよしひろ)

 

 

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