あしたの人事の話をしよう

セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役 兼 グロービス経営大学院HRM担当准教授の平康慶浩(ひらやすよしひろ)のブログです。これからの人事の仕組みについて提言したり、人事の仕組みを作る立場から見た、仕組みの乗りこなし方を書いています。

まじめな話と、雑感(よしなしごと)とがまじっているので、 カテゴリー別に読んでいただいた方が良いかもしれません。 検索エンジンから来られた方で、目当ての記事が見当たらない場合 左下の検索窓をご活用ください。

降格制度は必要なのか

私の今年の仕事納めは今日なんですが、年内に仕事が納まるわけもなく、ただ大晦日から正月に向けて家族や両親とのだんらんに時間をとるので、できるところまで区切りをつける日、ということになります。

一応納めてることになるのか。

 

でまあ、ブログ記事もとりあえずひとつくらい書いとくか、と思いました。

年末年始にまったく関係ない、人事制度の運用のお話です。

とはいえ、年明けから2月くらいにかけて、おおよそ40%くらいの企業の人事部の方々が直面する運用上の話題です。

 

降格制度について書いてみます。

 

 

■ 世界であたりまえではない降格制度

 

降格制度というのは、つまり課長を係長にしたり、部長を課長にしたりすることです。

もちろんそれに合わせて給与も下がります。

私がお手伝いした会社の中で、一番極端な降格は、取締役から平社員、というものがありました。給料は五分の一くらいになってたんじゃないでしょうか。まあこの人の場合は確信犯的にオーナー社長に苦言を呈したためであり、その後また取締役に戻っています。

 

日本で人事制度をつくっていると、この降格制度というものがあたりまえだと考えてしまいます。

でも世界ではあたりまえじゃなかったりします。

じゃあこの降格制度というのは、他のいろいろな制度と同じようにガラパゴスなのか、というとちょっと事情が違います。

世界で降格制度はあたりまえじゃなくても、日本では(しばらくの間は)あたりまえにしておかないと、企業のマネジメントがとても難しくなってしまいます。

その辺を説明してみましょう。

 

 

■ 年功運用を是正するために降格制度はつくられた

 

バブル後の成果主義人事制度が流行したさいに、降格制度というものも一緒に流行しました。

それまでの人事の仕組みというのは「職能資格」という、目に見えない能力や経験でその人の給与を決めようというものが多かったのです。その基準に、「等級」というものを使っていました。これらをあわせて「職能資格等級」と言います。

職能資格等級は目に見えない能力や経験を積み重ねていくものなので、基本的には上がっていく一方でした。

上がっていく一方の職能資格等級にあわせて給与を決めるので、どうしても年を取るごとに給与は増えます。

成果主義人事ではこのような状態を否定したので、目に見える行動とか、実際の仕事の責任の大きさである職務とかで等級をつくるようになりました。

 

そのとき、大きな問題が生じたのです。

これから出世してゆく人は行動とか職務とかで等級づけるとして、今いる人はどうすればいいんだろう、とみんな悩みました。

たとえば、「50歳の課長代理がいるんですが、実際には大した仕事をしていません」というような場合がたくさんありました。

こういう人を教育しようとしてもなかなか勉強もしてくれませんし、正直なところ勉強するような人だったらそういうポジションにはなっていないわけです。

仕方ないので、こういう人たちを降格させる仕組みを作ることになりました。

今も多くの企業で降格制度は運用されています。

 

 

■ 日本企業で降格制度が必要な二つの理由

世界ではあたりまえではない降格制度は、なぜ日本で必要なのでしょうか。

降格制度ができた理由は、年功で昇格している人を実際の行動や職務に見合ったところにまで下ろすことでした。そうすることで企業の競争力を高めるために、できる人に給与を多く支払ったり、できる人でチームを作って経営をできるようにしたわけです。

 

でもそれは降格制度が必要な理由すべてを語っていません。

実は、あと二つ理由があります。

 

第一の理由は、降格させる方が楽だったからです。

人をクビにしづらかったから降格制度ができた、と言い換えてもいいでしょう。

法律の制限うんぬん以前に、多くの企業の経営層や人事部に、できない人に対して解雇を言い渡すことができるような人がいなかったのです。

会社をやめたら彼はどうやって生活をするのだろう。ご家族は。子どもは。

「月刊人事マネジメント」という雑誌の1月号(2014年1月発売)に書いた内容の一部を抜粋してみます。

 

定年退職が大半の会社でハッピーでないのは、それが引退と同義であるからだ。さらに昨今では退職金や年金が潤沢なわけでもないので、生活不安への入り口でもある。つまり、稼げる立場を出て、庇護される立場へ入ることが定年退職の現実だ。そんなものを祝えるわけがない。

 

「月刊人事マネジメント」(㈱ビジネスパブリッシング発行)

 連載「経営ブレインへの転換を図る 5つの人事機能」

 第5回 ハッピーな退職の仕組みをつくる(2014年1月号)より

 

 

多くの企業では退職とは定年退職しか想像できていませんでした。その定年退職ですら幸せではないのに、中途での退職なんて幸せなわけがない。だからそんなことを申し渡すなんてできなかったわけです。

クビに対して降格であれば、再チャレンジも可能ですよ、という言葉をそえれば、申し渡す方の気分が楽です。だから降格制度が導入されているわけです。

 

 

第二の理由は、転職があたりまえではないからです。

転職があたりまえではないので、クビにされた人は、どこにも行き場がなくなってしまう、ということもあるのですが、だから第一の理由になるわけで、第二の理由は少し違います。

転職があたりまえではないので、やめてもらった人の補充が簡単にできない、ということが第二の理由です。

たしかにAさんは給与に比べて仕事はできないのだけれど、経験もあるからすぐに交代要員を雇い入れることができない。であれば給与をさげて、仕事はしてもらおう、という発想になったわけです。

 

 

■ これから人事評価制度をつくるときに降格制度はつくるべきか

仮に来年(2014年)以降に人事評価制度を改定したりつくったりするとして、その時、降格制度をつくるべきでしょうか。

前述の二つの理由から、降格制度はつくらざるを得ません。

現在の日本のサラリーマンの大半は終身雇用を求めています(データソースはいくらでもあるのでググってみてください)。そんな人たちに、「あんた課長にしてみたけどダメだったわ。次の若手に任せたいから、他の会社で活躍すれば」という意味の言葉を遠まわしにでも言おうものなら、とんでもない事態になります。

 

 

■ 降格制度をつくるときに気をつけるべきこと

しかし、降格制度には大きなデメリットがあります

このデメリットゆえに、世界で降格制度はあたりまえではありません。

降格は個人のプライドを傷つけてしまうのです。そしてチームとしての活動力をうばってゆきます。

実際のところ、どれだけ本人が悪いとしても、反省する人なんてごくわずかです。

反省しない人が降格させられると、プライドが傷つくことになります。それは周囲に必ず悪影響を及ぼします。

転職ができる社会なのであれば、転職することで再スタートできます。本当の意味での再チャレンジです。

しかしそれが日本では困難です。そもそも多くの人が転職を求めていないわけですし。

だからもし降格制度を設計し運用するのであれば、できる限り、その人のプライドに配慮しましょう。本当に、再チャレンジできるルートをつくりましょう。

どうしてもプライドに配慮したくないような人を降格させるのであれば、その時は会社が退職金を積み増してでも、退職を選んでいただけるようにするべきです。

 

一番いいのは、キャリアアップ転職があたりまえになる社会だと思うのですけどね。

 

 

平康慶浩(ひらやすよしひろ)