あしたの人事の話をしよう

セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役 兼 グロービス経営大学院HRM担当准教授の平康慶浩(ひらやすよしひろ)のブログです。これからの人事の仕組みについて提言したり、人事の仕組みを作る立場から見た、仕組みの乗りこなし方を書いています。

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「2つのポイント」でブラック企業はホワイトに変わりはじめる

以下の記事の続きです。

ブラック企業経営者には「確信犯」型と「天然」型がある - あしたの人事の話をしよう

(2013年8月2日)


■ ブラック企業を作り出す経営者の欲望

ブラック企業経営者には2つのタイプがあると書きました。
法律をあえて破っている「確信犯」型。
法律がまちがっていると信じている「天然」型。

これらの経営者には、ある共通した欲望があります。
この欲望は、コントロールさえできれば、とても大事な欲望です。
起業家でこの欲望を持っていないタイプの人はなかなか成功しません。
成功しているブラック企業の経営者は、この欲望をうまくコントロールして、仲間を増やしています。
鳴かず飛ばずブラック企業の経営者は、この欲望を自分のものだけにしています。

その欲望とは「わがまま」です。

人に指図されたくない。
人に指図したい。
頭を下げたくない。
みんなに頭を下げさせたい。
好きなことをしたい。
好きなものがほしい。
好きな人とだけつきあいたい。
嫌いなやつをやりこめたい。
みんなにほめられたい。
誰かがほめられているのを見たくない。
金で苦労したくない。
あふれるほど金がほしい。
などなど。

わがままは行動の契機になります。
捨てることをはっきりさせて、やりたいことだけやるようになれば、それはとても強い力を発揮します。
成功している経営者は、概ねこのわがままさをうまくコントロールしています。

しかし、わがままによって、周りの人は苦労することになります。

ちなみにある人がわがままかどうか、尊敬する人物名を聞くとわかることがあります。
歴史上のとある人物を尊敬している人は、私の知る限り、ほとんどがとてもわがままです。

それは……織田信長です。
あなたのまわりにいませんか?織田信長ファンの人。


■ わがままは改善できない

 三つ子の魂百まで、というように、わがままな状態で経営者になっている人を改善することなんてできません。
 そもそも、わがままでいられなくなるのなら、経営者になった意味すらないと考えます。
 ごくまれに改善されることがありますが、それは例えば大病をして死にそうになったけれど助かった、という場合くらいです。ちなみにこのタイプの人たちは、親しい家族が大病したりしても変わることは少ない。自分以外に興味がないからです。

 「うっかり一生年収300万円の会社に入ってしまった君へ」(東洋経済新報社 2012.12)では「上司の行動を真似ろ」と書きました。上司になっている人は、経営者のわがままさにうまくマッチしているからこそ上司になっているからです。
 あなたが経営者のわがままに合わせることで、その会社で生きやすくなります。給料も増えるし、権限も増える。

 でも、ブラック企業で役員くらいにまで昇進してしまうと、あなたは数年以内に会社をやめることなるでしょう。もちろん、わがままな経営者の完全なコピーになることができれば一生勤めることができるかもしれません。
 ただしその代り、ブラック企業の役員にはプライベートがなくなります。かなりの年収は手に入りますが、それがプライベートがなくなることと見合うと感じるかどうかはあなた次第。ちなみにブラック企業役員の年収は1800万円から2400万円の間くらいがほとんど。要は月給150万円から200万円ということです。


■ ブラック企業を変える2つのステップ

 本質的にブラック企業を改善するには、経営者を変えるしかありません。
 でもそんなことは現実的ではありません。
 だから、わがままな経営者と常に顔をつきあわせなくてはいけない役員層たちにはあきらめてもらうしかない。そもそも役員になっている人たちにもわがままな人は多いですしね。

 でも、普通の従業員や管理職にとってブラックでない会社にすることは、不可能ではありません。

 私は人事コンサルタントが主な仕事ですが、そこから派生して、経営全般の改善を請け負うこともあります。
 会計士が財務コンサルをしたあとで人事制度改善を提案することがあるように、物流コンサルタントが会計システム改善を提案することがあるように、人事制度を作る過程でわかる会社の課題もたくさんあるからです。
 その課題を、ブラック企業である状態から脱却するきっかけにします。

● 従業員の離職率が高「すぎる」
 就職活動時に、その企業の離職率を気にする人も増えました。
 組織の健全さを保つためには、適切な離職率水準というものがあります。毎年5%が退職するくらいなら健全なレベル。
 しかしこの水準が10%になると危険です。3年で4分の1以上の人が入れ替わっていることになります。
 これがブラック企業になるとさらに高くなります。
 私が見てきた企業の中で一番高かったのは90%。
 これ、全社員を基準にした、年間の離職率です。新卒じゃないですよ。
 4月に300人いた社員のうち、翌年3月に残っているのが30人だけ。
 もちろんその間に中途採用をしているので、その時点で社員は100人くらいはいます。
 そこに4月に200人ほどの社員が入って、さらにどんどんやめていく。
 うわさでは100%を超える企業もあるらしいですが、幸い私の顧客になったことはありません。
 
 さて、どんな企業であったとしても離職率が高い理由は3つに区分できます。
   理由1:働きにくい
   理由2:業績が悪化している
   理由3:できない人を入れ替えている

 ブラック企業の場合、理由1が一番多い。
 働きにくい理由をさらに細分化すると、「給与が安い」「労働時間が長い」「給与が増えない=将来が不安」「パワハラ・セクハラが横行している」といったものがあります。
 人事制度改革をしようという企業は、ブラックであったとしても、これらの課題を見ながら、どう変えるかを考えます。
 でも、経営者自ら、ブラック状態を改善しよう、ということはあまり、ありません。
 それに対して私はこっそり考えます。

 (せっかく人事制度を変えるんだから、ブラックじゃなくなることを目指してみよう)

 そこで2段階のステップを経て、脱ブラック化を提案します。


■ 費用を見せる

 わがままなブラック経営者は、たいてい会社の通帳を自分の財布だと考えています。
 だから従業員の給料は極力さげたいし、残業代も払いたくない。賞与だってできれば支払いたくない。
 そうして、やめたい奴はいつでもやめろ、というスタンスをとります。いつでも変わりは雇えるんだから、と。

 さてそんなブラック経営者に見せて、驚かれる数値があります。

 それは、求人費用です。

 もちろん様々な代理店を通じて発注している求人広告掲載費は、すでに十分に絞り込まれています。
 とある企業では、500万円と言われた新卒募集の広告費用を300万円にまで値下げさせ、そこからさらに、追加で合同説明会への展示を無料でつけさせたりしました。

 でも求人費はそれだけではありません。
 合同説明会の開催
 社内説明会への応募面接
 応募書類の精査
 社内説明会の開催
 応募書類の再精査
 面接スケジュールの調整
 面接の実施
 結果を踏まえた確認
 入社前の育成
 入社後の育成

 社外に支払うお金は300万円でも、従業員たちがそれらの活動をするための費用がかかっています。

仮に300万円の新卒募集に100人が応募してきたとしましょう。
新卒採用に関わる従業員の人件費は、時給2000円(月給25万円+もろもろの経費)と試算。
 合同説明会の開催準備:1回あたり5人×4日=32万円
 社内説明会への応募面接:1回あたり3人×4日=19万2千円
 応募書類の精査:2人×4日=12万8千円
 社内説明会の開催:5人×6日=48万円
 応募書類の再精査:4人×4日=25万6千円
 面接スケジュールの調整:2人×4日=12万8千円
 面接の実施:4人×20日=128万円
 結果を踏まえた最終判断:4人×4日=25万6千円
 入社前の育成:4人×20日=128万円
 入社後の育成:4人×40日=256万円

約700万円近い人件費が追加でかかることになります。
もちろん段取りが悪いと、この金額はどんどんふくらみます。
最終的に10人採用したとすれば、一人にかかった費用は30万円ではなく、100万円以上。

これに加えて、中途採用にかける費用などを考えていけば、求人費用はどんどんふくらみます。

これを減らしていくために、従業員が辞めない会社にしませんか?と提案します。

実際にはこれ以外にも様々な分析をしますが、いわゆるブラックじゃなくなれば減らせる費用がある、ということを具体的に示します。


■ 生産性を見せる

 辞めない会社を目指す、となっても、「じゃあ辞めないように厳しくすればいいんですか?」という本末転倒な回答が来ることもあります。
 「いえいえ。ちょっと考えてみましょう。なぜ従業員はやめるんでしょう?」
 「そりゃ仕事がきついからでしょう」
 経営者が答えます。私がさらに質問します。
 「なぜ仕事がきついんでしょう?」
 「長い時間働く割に給料が見合わないと思っていたりするんでしょう。でも金額的には十分払っています。仕事だって、結果さえ出してくれていればこちらだって厳しくいうこともない」
 「なぜ結果を出していないんでしょう?」
 「人によって能力の差がありますからね。ノルマを達成していなければ、達成のために頑張るのは当然でしょう。サービス残業だってあたりまえですよ。経営者に残業代は出ませんから」
 「残業しても結果が出せない人がどれくらいいるかご存じですか?」
 「?」
 「これは売上高を、『実際』の全労働時間で割り戻した数値です。一人当たり約5400円。サービス残業を割り引いても、平均の時間あたり人件費は時間あたり1800円。原価やその他費用を差し引くと、会社の利幅が薄いことがわかります」
 「でも利益はちゃんと出ていますよ。節税対策も大変だし」
 「今は薄い利益を集めてまとまった利益にしている状態ですね。それよりも、一人当たり売上高をあげる活動の方が、利益をこれだけ増やすことができます」

 つまり、生産性という指標を数値化してみせる、ということです。
 もちろん上記は架空の例です。実際には
 「働かせる時間を減らしても売上は減らない」
 「働いている間にもっときびきびと動くようにさせれば、売上があがる」
 ということを見せたりします。


■ 費用と生産性が共通言語に変わる

 経営者にしてみれば、わがままにふるまい続けるためにも会社としての利益は必須です。
 だから、費用と生産性で語れば、それは経営者の心に響きます。
 そうして、費用を下げて、生産性を高めるための改革を提案します。

 そうすれば、実は会社もブラックではなくなってゆきます。

 ブラックな会社の経営者に、ブラックでなくしましょう、といっても響きません。
 ブラックになっている原因をつきつめ、その原因を、経営者側の言語で改善する方法を示す。
 それがブラック企業を改善する方法です。

 


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平康慶浩
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